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02-2.大公の暴走

「俺が隣にいます。……俺の評判はあまり良くはありませんが、話し相手がいれば、アーサーの鉄仮面の異名はなくなるかもしれません」  カイルの言葉を聞き、アーサーは悩んでいるようだった。 「カイルを他人に見せたくない」 「大公夫人を監禁しているという噂の原因になりますよ」 「それでいい」  アーサーはかたくなに首を縦に振ろうとしなかった。  ……監禁したいのか?  カイルは監禁されても不自由がなければ文句は言わない。アルファが番を監禁するのは珍しい話ではない。他人に番を見られたくはないという気持ちと、万が一運命の番に会った時に耐えられないからという理由からくる監禁だ。  ……邸宅にいて仕事があればいいが。  執務室の書類はまだ片付け終わっていない、  半日もかけて行っていたが、次から次へと運ばれてくる書類の対処が追い付いていなかった。  ……監禁扱いは厄介だな。  なによりアーサーの評判が落ちることは避けたかった。 「アーサーの評判が悪くなるのは、俺は嫌です」 「なぜ?」 「好きな人の評判は良い方が素敵でしょう?」  カイルの言葉はアーサーの心に響かなかった。 「私は運命の番が恐ろしい」 「俺だって恐ろしいですよ」 「それなら、人の集まる場所に行かなければいい」  アーサーは怖がりだった。  それはカイルが関わることにだけだ。 「カイルの運命の番を殺してしまいそうだ」  アーサーの本音を聞き、カイルは笑った。  ……きっと、俺も同じだ。  理性を保てる保証はどこにもなかった。 「俺もそうですよ」  カイルはアーサーの発言を諫めなければいけないとわかっていながらも、肯定した。  ……運命の番を信じているわけではない。  実際に運命の番に出会った人を知らなかった。  昔から伝わる伝説のような存在だ。  運命の番に出会うとなにもかも投げ出してまで一緒にいてしまうものらしい。  カイルは運命の番が恐ろしかった。  狂ってしまうほどに人を愛せる自信はなかった。 「本当か?」  アーサーは問いかける。  不安そうだった。 「もちろんです」  カイルは肯定した。  アーサーの運命の番が現れても殺しはしないだろう。しかし、正妻の座は譲れなかった。愛はなくなったとしても、愛されていた日々を恋しがることくらいは許されるはずだ。  ……アーサーはどこまで本気なのだろうか。  運命の番を信じているのだろうか。  それがカイルではないと確信していることだろう。 「俺はアーサーの運命の番ではありません」 「いや、運命に決まっている」 「元はアルファ同士です。運命になることはありえません」  カイルは軽食を摘まむ。  集中していた昼食を食べ損ねていたことを今になった思い出した。 「番解消だけはしないでくださいね」  カイルの言葉にアーサーは首を傾げた。  番を解消することなど考えもしていなかったのだろう。 「アルファは次の番を探せばいいだけです。でも、オメガは違います」 「そうなのか?」 「オメガは一生で一人しか番を選べません。番を解消されたら気が狂って、自ら命を絶ってしまうそうです」  カイルの言葉は重かった。  アーサーは黙ってしまった。  ……知らなかったのか?  カイルは疑問に思う。大公であるアーサーは知識が足りなさすぎる。まるで意図的に教育をされてこなかったかのようだった。 「そうなのか」  アーサーはカイルの肩に腕を回した。 「私はしない」  アーサーは断言した。  その言葉にカイルは安心感を覚えた。  その言葉を信じていたかったのかもしれない。 「私の運命はカイルだ」 「……俺もそうだと信じたいですよ」  カイルは不安そうな顔で呟いた。  重い愛を与えられていても運命の番が現れてしまえば、変わってしまうのだろう。 「それよりも書類の件で話があります」  カイルは立ち上がった。  ソファーから離れて、重要書類の入れた箱を持ち上げた。 「これをどうするつもりですか?」  カイルは机の上に箱を置いた。  アーサーの視線は箱に向けられた。 「……どうしようか」 「すぐに仕事をしてください」 「手伝ってくれないか?」  アーサーは捨てられた子犬のような目で訴える。  それに対し、カイルは冷たい視線を送った。 「さっきまでやっていましたよ」  カイルは机を指さした。  机の上はだいぶ綺麗になってきた。 「片付けで一日が終わりました。手伝える範囲は手伝いますが、大公のサインが必要な書類は自力で片付けてください」  カイルの言葉を聞き、アーサーは箱から目を逸らした。  大公の仕事をさぼっていたのは事実だ。誰もそれを止めようとしなかった。 「執事長に任せたはずだ」 「その執事長から託されました」 「仕事をしていなかったということか?」  アーサーは疑問を口にする。  それに対し、カイルは首を横に振った。 「大公の確認が必要な書類の山ができていました」  カイルは呆れたように言った。 「執事長からも再三言われていたはずですが?」  カイルの指摘にアーサーは観念したように頷いた。 「……書類仕事は好きじゃない」  アーサーは近衛騎士団の騎士団長を務めている実力者だ。そして、ホワイト大公家の唯一の後継者でもある。大公としてやるべき仕事は山のようになっている。  騎士団長を続けている必要はないはずだ。  それなのに、アーサーは騎士団長になる道を選んだ。

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