12 / 36

02-3.大公の暴走

「私は騎士だ。書類仕事は事務方に任せればいい」 「大公ではなければその意見は通ったでしょうね。大公としての仕事放棄はホワイト大公家の威厳に関わります」 「気にしない」  アーサーの言葉にカイルは呆れるだけだった。  ……だめだ。俺がなんとかしないと。  若くして大公になったからこそ、周囲は甘やかしてきたのだろう。大公家の予算を自由に使う為には、家のことに興味のない大公でいてほしかったのかもしれない。  執事長の意図はそんなところだろうか。 「俺が嫌なんです」  カイルは言い方を変えた。 「アーサーが役に立たない大公だと言われるのは嫌です」 「言わせておけばいい」 「俺が嫌なんです。番を見下されて喜べるはずがないでしょう」  カイルの言葉にアーサーは頷いた。  ……番を言い訳にはしたくなかったが。  番契約を結ぶというのは一生を相手に捧げることを意味している。番は唯一無二の存在だ。その存在が見下されるというのは誰だって怒る。  それを想像させるだけにカイルは言葉を選んだ。 「俺の立場は弱いままでかまいません」  カイルは大公夫人であるが、オメガでもある。  オメガに関する偏見をなくすのは無理だろう。 「しかし、アーサーは違います。優秀なアルファであり、優秀な騎士団長です。そこに有能な大公が加われば誰も下に見ることはできません」  カイルの言葉にアーサーは困った顔をした。 「カイルは知らないのか?」  アーサーはカイルの頬に手を当てる。  反射的にカイルはアーサーの手に擦り寄ってしまう。 「両親は国王陛下の怒りを買い、殺された」 「話は聞いたことがあります」 「だからこそ、大公家は目立ってはいけない」  アーサーは両親の死の真相を知っていた。  幼い頃から隔離されて育てられた為、アーサーは罪に問われることはなかった。そのおかげで生き残ったものの、アーサーは国王夫妻を恨んでいた。  しかし、恨みはなにも産まない。  それを知っているからこそ、アーサーは近衛騎士団の騎士団長として、王族を守る道を選んだ。国王夫妻への恨みなどないと証明するかのようだった。  そうすることでしか生き残る道はなかった。 「私のサインが必要なもの以外は任せたい」 「俺でいいのなら、手伝います」 「ありがとう、カイル」  アーサーはカイルの額に優しく口付けをした。  カイルは恥ずかしそうに眼を細める。その仕草がかわいく思えたのか、アーサーはそのままカイルの唇にキスをした。甘く蕩けるようなキスは次第に激しさを増していき、互いの唾液が混ざり合い、息が荒くなっていく。 「アーサー。急になにをするのですか」  カイルは唇が離れたことが名残惜しいと思っているのを隠すように文句を言った。 「キスしただけだが?」  アーサーは当然のように言う。 「かわいくてしてしまった」  そして、反省もしていない言葉をアーサーは口にした。  ……この人はすぐにキスをする!  アーサーの言葉に対し、カイルは頬を赤くする。 「かわいくなんてありません」  カイルは頬を赤くしながら否定する。 「かわいい」  アーサーはカイルの髪に触れる。  優しい手つきで宝物のように触れていた。 「愛している」 「知っています。俺も愛しています」  カイルは照れくさそうに返事をした。  それに対し、アーサーは嬉しかったのか。カイルを抱きしめた。 「カイル」  愛おしくてしかたがないというかのように抱きしめられる。  ……やばい。  オメガはアルファの匂いに敏感だ。  抱きしめられているだけで動悸がする。腹の奥が疼いてしまう。  ……これがオメガになるということか。  発情期ではなくても、常にアルファを求めている。  ……したくてしかたがない。  番契約を結んだのならば、その傾向は強くなる。 「大公として、私はカイルを幸せにはできない」 「望みません」 「それでも、できる限りの努力はしよう」  アーサーの言葉にカイルは頷くだけだった。  ……今になって大公家の方針を変えるつもりはないのか。  おそらく、ダリアも解雇されないだろう。  メイド長の反発にあえば、書こうとして言った紹介状を破り捨てるはずだ。アーサーは自分で物事を決めることができない人だった。  ……前大公夫妻の悲劇は知っている。  事故死として処理されたのにはあまりにも矛盾が多かった。しかし、王命により詳細を調べることを禁じられ、若くして大公になったアーサーはほとんど大公領ではなく、王都で過ごすことになってしまった。  大公領は荒れ果てている。  それをなんとかしてほしいと悲願の声が書類という形でアーサーの元に届けられているのだが、それらは埃をかぶり、日の目を浴びなかった。  その間、どれほどの人が亡くなっただろうか。  その間、どれほどの人が大公領を見放しただろうか。  それが国王陛下の目的だった。  大公領に恨みでもあるのだろうか。 「では。ダリアを目の前で解雇してください」 「なんだと?」 「本当に解雇をするつもりならば、問題はないでしょう?」  カイルの言葉にアーサーはなにも言わなかった。  ……解雇するのは言葉だけか。  アーサーに解雇をする権限がないのだろう。  大公だというのに情けのない話だ。 「アーサー」  カイルはアーサーの腕の中で、彼の名前を呼ぶ。 「アルファとして劣っているという噂は本当なのですね」 「……聞いたことがあったか」 「はい。番が危害を与えられても怒り狂わなかった姿を見て事実だと察しました。元々期待はしていませんでしたが、本当なのですね?」  カイルは元々はアルファだ。  番は持たなかったものの、同じアルファの友人が番を貶されて決闘を挑んだ姿を見たことがあった。  番を貶されるということは、それほどに強い感情を動かす。

ともだちにシェアしよう!