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02-4.大公の暴走

「私はベータに近いアルファだ」  アーサーは認めた。  それは亡くなった両親しか知らない秘密だった。 「フェロモンもよくわからない。だが、カイルのだけはわかる」 「番だからでしょう」 「そういうものなのか?」  アーサーは知識が足りなかった。  番を作るつもりはなかったのだろう。  ……フェロモンに当てられているようには見えたが。  発情期のフェロモンに興奮をしているように見えたのは気のせいだったのだろうか。 「そういうものです」  カイルは肯定した。  ……第二の性を意識せずに生きてきたのだろう。  羨ましいことだった。  カイルはアルファらしいアルファとして生まれ、非常に優秀な成績を残していた。妹を溺愛する悪い癖さえなければ、番になろうとする者が殺到していたことだろう。だからこそ、一族の没落を防ぐためにオメガになったことを惜しむ声が多くあった。  そのことをアーサーは知っていた。 「カイルがオメガになってよかった」  アーサーは安心したように笑った。 「嫌味ですか?」 「違う。私だけのカイルにできただろう」  アーサーはすぐに否定した。  ……襲われていた可能性はある。  オメガに対する偏見が強い相手に引き取られていた可能性も否定できない。なにより、見た目はアーサーと比べて劣るものの、周囲を引き付ける人形のように扱うのには十分だった。アルファの中の平凡は、ベータよりも優れていることを意味していた。 「陛下の采配に感謝をするべきでしょうか」  カイルは苦笑しながら言った。  オメガになりたかったわけではない。  アルファとして生きてきたすべてを犠牲にしたかったわけではない。  しかし、家族を守る為にはしかたがなかった。 「嫌いな叔父に直談判をした甲斐があった」  アーサーは否定しなかった。  両親を殺したであろう相手に頭を下げてまでカイルを手に入れたかった。  その姿は情けのない姿だっただろう。国王夫妻が同情し、性転換の妙薬を授けるほどに同情を誘う姿だったことだろうう。  そこまでしてでも、カイルを手に入れたかった。 「ダリアは解雇する」  アーサーは断言した。 「メイド長からも即解雇をするように求められているからな」  アーサーのその言葉にカイルは目を見開いた。  ……親子の情で引き留めようとすると思ったのだが。  想定外だった。 「紹介状はいらないと言われていたが、そういうわけにはいかないだろう?」  アーサーが解雇通知と他所で働けるように大公家からの紹介状を書こうとしていたのは、善意だったのだろう。 「必要ないと思いますが?」  カイルは淡々と告げた。 「主人を害するメイドに価値はありません」  カイルがブラッド子爵家で培ってきた考え方を口にする。  子爵家に没落したとはいえ、元々は公爵家だ。使用人の教育に厳しいことでも有名だった。子爵家になり、多くの使用人たちは解雇されてしまったが、他の場所で元気よく働いていることだろう。  ……庇っているのか。そうではないのか。  カイルはアーサーの考えがわからなかった。 「だが、まだ二十代の女性だ。路頭に迷わせるわけにはいかない」 「それならば、愛人にでもしたらどうですか」 「なんてことを言うんだ!」  アーサーは驚きのあまり、カイルを抱きしめるのを止める。 「愛着があるから解雇できないのでしょう?」  カイルは言葉の攻撃を緩めない。  アーサーは言い返せなかった。事実だからだ。 「彼女の望みを当ててみせましょうか」 「なんだ。言ってみろ」 「アーサーの妻になることですよ。大公夫人になりたいのです」  カイルの言葉にアーサーは笑った。  ありえないと言わんばかりの笑いだった。 「ありえない」  アーサーは言い切った。  アーサーにとってダリアは妹のような存在でしかなかった。 「妄想が過ぎるぞ、カイル」  アーサーはカイルの被害妄想だと決めつけてしまった。  それをカイルは不快に思う。  番から信用されていないことは情緒を不安定にさせやすい。 「……俺を信じてはくれないのですね」  カイルは立ち上がった。  この場にいられなかった。 「部屋に戻ります。しばらく、顔を見たくありません」 「カイル! なぜ、怒っているんだ!」 「それすらわからないから怒っているんですよ」  カイルはこの場に留まることができなかった。  怒りのあまり酷い言葉を口にする前に立ち去ってしまいたかった。 「番契約は破棄しません。ですが、愛人はご自由にどうぞ。俺はアーサーに買われた身です。大公の決定に口を出す権利はありません」  カイルはそう言って部屋を後にした。 * * *  翌日、寝室の前には死んだ鼠が何匹も置かれていた。  部屋を開けた途端に待ち構えていたように泥水をかけられる。  ダリアは解雇されていなかった。メイド長や執事長が再三解雇をするように、アーサーに伝えたのにもかかわらず、アーサーは聞く耳を持たなかった。  二十代の未婚の女性が路頭に迷うのはかわいそうだった。  そういう理由だけで解雇しなかったのだ。  結果として、カイルは朝から泥水をかけられることになった。 「カイル!」  アーサーが慌てて飛び出してきた。  同席しているとは思わなかったのだろうか。ダリアは慌ててバケツを背中に隠した。 「カイル。けがはないか?」 「泥水をかけられました。シャワーを浴びたいです」 「すぐに浴びてこい」  アーサーに言われ、カイルは背を向けた。  そして、アーサーとダリアの目が合った。 「アーサー。アタシ、その。オメガではあなたにふさわしくないと思うの!」  ダリアは懇願するように訴えた。 「あなたの為よ。アーサー。アタシが悪いオメガを追い出してみせるわ!」  ダリアは語る。  その言葉をアーサーは無表情で聞いていた。

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