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03-2.カイルの主張

 アーサーの血を次の世代につなげなければならないという責任があった。 「毎晩!? いいのか!?」  アーサーは驚いたようだ。  それに対し、カイルは頷いた。 「体の負担もあまりないようです。毎晩、行為をしたとしても、アーサーの貯めた書類仕事をこなすくらいはできるでしょう」  カイルは冷静だった。  ……どうせ、外に出る機会は少ない。  冷静な判断は騎士にとって大切なものだ。大切なものを守る為、なにかを犠牲にすることも騎士には求められてくる。その考え方はカイルの中で大きなものだった。 「愛しています。アーサー」  カイルは愛を犠牲にしようとしていた。  大公家の為ならば、耐えなければならないと決めつけてきた。  覚悟をしてきたのだ、  その覚悟は呆気なく散ってしまった。 「どうか、俺以外の人を見ないでくださいね」  カイルはアーサーの手に触れる。  他人よりも温かい手は安心感を与えてくれる。 「それは俺のセリフだ」  アーサーはカイルの隣に座った。  それから、カイルに体重を預けるように体を傾けた。 「よそ見は許さない」  アーサーは強い言葉で断言をする。 「俺の傍から離れるな」 「はい。わかりました」 「素直だな」  アーサーはカイルの頭を優しく撫ぜた。  子どものように扱われるのは嫌いだった。  しかし、アーサーが相手ならばそれも受け入れてしまう。 「アーサーが相手ですから」  カイルはアーサーに嘘を吐きたくなかった。  ましてや、意地をはりたくもなかった。 「素直になれるだけです」 「そういうものか?」  アーサーは首を傾げた。 「そうですよ。アーサーが特別なんです」  カイルは嬉しそうに笑った。  ……同期の騎士たちに評判を聞いてこないよな。  不安がよぎる。  カイルの社交界での評判を知っている同期たちには、散々、からかわれたものである。妹の不始末により、性転換の妙薬を与えられてアルファからオメガになった話は、社交界で最新の噂になっていることだろう。  注目の的になっている。  それを知っているからこそ、カイルは社交界に出なければならなかった。  ……社交界に出るように、アーサーを説得しなければ。  アーサーは社交界よりも仕事を選ぶ人だった。  しかし、大公としてそれではいけない。  いつまでも、国王陛下の下で蹲っているだけではいけない。  大公領が荒れ果ててしまっただけではなく、アーサーの評判も社交界では底辺を這うようなものだった。すべて、国王陛下の策略によるものだ。 「書類の中にスコット公爵家主催のお茶会の招待状がありました」 「いかない」 「いきましょうよ。社交界での評判を変える絶好の機会です」  カイルはこの機会を逃したくはなかった。  スコット公爵家とは個人的に交流がある。  スコット公爵家の嫡男とは同級生であり、子爵家に落ちぶれた時も唯一心配の手紙を寄越してくれた相手だった。  借金の性で子爵位さえも手放さなければならないという緊急事態を相談した結果、いざという時のカイルの身元引受人を名乗り上げてくれた。  その為、好感度の高い友人だった。 「ジョージ・スコットは評判を気にしない男です。しかし、社交界への影響力は高いです」  カイルの言葉にアーサーは首を横に振った。  いまさら、社交界には出るつもりがないのだろう。 「社交界に出なければいけません」 「なぜ?」 「妙な噂が出回っています。噂は作り話だと訂正する為にも、仲の良さを見せつける必要があります」  カイルは情報通だった。  というのも、アーサーが貯めた書類の中にはカイル宛のジョージからの手紙も含まれていた。書類や手紙はすべてアーサーに渡されるようになっていた為、紛れ込んだのだろう。  手紙にはカイルを心配する内容ばかりが書かれていた。  それに対し、カイルは訂正をする内容の手紙を送ったのだが、心配性の友人は信じてくれはしないだろう。書かされていると主張するのが目に見えていた。  だからこそ、実際に見せつける必要があった。 「噂など気にしない」 「俺が気になるんです。このままだと有志の貴族の子息子女たちが、大公邸に詰め寄ってきますよ!」 「どういう状況になっているんだ」  アーサーはさすがに気になったようだ。  噂は酷いものだった。  おそらく、国王夫妻により広げられた悪質な嫌がらせだろう。 「俺が強引にオメガにされて、監禁されているという噂です。あとは、アーサーの容姿や性格の悪口のようなものばかりです。俺は非道な男に監禁された哀れな番ということにされています」  カイルの言葉にアーサーは納得したように頷いた。  ……なにを納得しているんだ、この人は!  アーサーは自己肯定感が低い男だった。  その為、悪口を言われるのに慣れてしまっていた。 「事実だな」  アーサーはすんなりと噂を認めてしまった。 「事実ではありません!」  カイルは否定した。 「俺は好きでアーサーの番になりました。監禁もされていません」 「それは見方によるだろう」 「どういう意味ですか。アーサーには俺が監禁されているように見えますか?」  カイルは首を傾げた。  性転換の妙薬を使い、オメガにさせられたのは事実だ。噂の一部に事実を混ぜれば、不思議と信憑性が増す。その理論を使ったのだろう。 「大公邸から一歩も外に出していない」 「出る暇がないではないですか」  カイルは書類の山を知っている。外に出ている暇などカイルにはなかった。  しかし、世間の目は違う。  カイルが監禁されているという噂は瞬く間に広まってしまった。 「結婚をして二日目で監禁されているなんて噂が流れるのはおかしいでしょう?」  結婚してから二日しか経っていない。  それなのに悲劇の人のように扱われるのは腑に落ちなかった。 「王妃の仕業だろう」 「わかっているのならば、なぜ、訂正しようとしないのですか!」  カイルはアーサーを見上げた。  アーサーの顔色は変わらない。  ……前大公夫妻の死は知っている。でも、いつまでも、アーサーが閉じこもっているわけにはいかない。  近衛騎士団の騎士団長を辞めない限り、大公領には戻れない。  荒れ果てた大公領は放置されたままだ。それも、カイルは気に入らなかった。  ……アーサーが虐げられる理由にはならない。  アーサーがなにをしたというのだろうか。  国王夫妻の望みがわからなかった。 「訂正しても意味がない」  アーサーは訂正する気がなかった。 「外に出すつもりはない」 「本当に監禁をするつもりですか」 「そうだ」  アーサーは肯定した。  ……なにを考えているのか、わからない。  監禁をしようとしているのならば、話し合いに応じる必要性はないはずだ。それなのに、カイルの意見を聞き、話し合いに応じている。矛盾していた。  ……アルファの本能によるものか?  番を他人に見せたくない。独占したい。というのはアルファの本能だ。  しかし、アーサーはアルファとして本能が弱い。  ……それとも、性格か。  他人に奪われることを警戒しているのだろうか。 「それでも、社交界には出るべきです」  カイルは噂が世論を動かすことを知っている。  妹の一件で思い知った。 「仲が悪いと噂になっています。アーサーの一方的な恋心で監禁しているという噂だけでも、訂正をするべきです」  カイルの言葉にアーサーはため息を零した。 「それは訂正が必要だな」  アーサーは観念した。  放置していい噂ではないと判断をしたのだろう。 「社交界に顔を出すか」  アーサーの言葉にカイルは嬉しそうに笑った。

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