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02-1.ジョージ・スコットの主張

「……ジョージ・スコットか」  アーサーは足を止めた。  それから忌々しそうに名を口にした。 「カイルを解放してください。彼はあなたの所有物ではありません」  ジョージは相手が格上だとわかっているからこそ、丁寧な言葉を使う。心の中では汚い言葉で罵倒をしていることだろう。 「スコット公爵家の人間は同じことばかりを言うのだな」 「父上と母上も同じ考えです。監禁は止めてすぐに開放をするべきです」 「そこまで指図をされる筋合いはないが」  アーサーは足は止めたものの、ジョージとの言い争いを始めてしまった。  ……ジョージには手紙を送ったのに!  噂は噂にすぎないことと、監禁などされていないことを書いた手紙を事前に送っていた。しかし、その手紙は無理やり書かされたものだと判断されたようだ。 「スコット公爵家はアルファがいなかったな」 「それがどうしたというのですか」 「カイルを養子にして、アルファを手に入れようとしていたのだろう?」  アーサーの言葉にジョージは心外だと言わんばかりの顔をした。 「そんなわけがないでしょう」  ジョージは言い切った。 「幼馴染の身の上が危なくなれば、手助けはします。カイルは貴重な友人ですし、客人として匿ってもかまわないと思っていただけです」  ジョージの言葉には嘘はなかった。  両親の思惑は違っていたとしても、ジョージは友人の助けたいだけなのだ。その気持ちは今も変わりはない。 「どうだかな」  アーサーはジョージの言葉を信じない。 「恋心を抱いていたのでは?」 「ありえません。俺には婚約者がいますので」 「愛人として匿おうとしていたのかもしれないな」  アーサーの言葉に周囲の注目は集まる。  その言葉にジョージはありえないと言いたげな顔をした。 「妄想が過ぎるのではありませんか」  ジョージは呆れたように言った。 「愛されているというのも妄想なのではないですか?」  ジョージが婚約者を溺愛していることは有名な話だ。  後ろでジョージを心配そうに見つめている婚約者の前で妙な噂の種を撒かれたくはなかった。  ジョージの発言にカイルは眉間にしわを寄せる。  ……ジョージも信じてはくれないのか。  噂は広がってしまっている。  それが真実であるかのように広まっているのは、広げた人の発信力によるものだろう。 「ジョージ、言いすぎです」 「……カイルは黙っていろよ。俺が大公閣下と話を付けてやるから」 「それが無用だと言っているのです」  カイルは反論した。  その言葉が幼馴染の心に届くと信じ、言葉を口にする。 「俺はアーサーを愛しています」  カイルは周囲の目を気にしない。  気にしていられるほどの余裕はなかった。 「嘘だ。妹以外に興味がなかったじゃないか」 「アーサーと出会って変わったのです」 「嘘だ。お前は騎士団長を疎ましく思っていたはずだ」  ジョージはカイルの言葉を否定する。  ……確かに。疎んでいた。  なぜ、見られているのかわからず、部意味だと思っていた。それが好意によるものだとわかった今となっては愛おしくてたまらない。  それをどう表現するのが正しいのか、カイルにはわからなかった。  ……嫌われていると思っていた。  嫌われているのだと公言したこともある。  その言葉がアーサーに届いていたのか、今となってはわからない。確かめる勇気はなかった。 「今は違います」  カイルは否定した。  アーサーに腕を掴まれたままの姿勢で、はっきりと否定する。 「俺はアーサーを愛していますので」  カイルはわざとらしく二度も同じ言葉を口にした。  周囲はざわめいている。 「本気なのかしら?」 「冗談でしょう。番契約を結ばされたから言っているのに違いないわ」 「噂通り、騙されているのに違いない」  周囲の声に耳を傾ける。  やはり、カイルたちが仲睦まじい姿を見せるよりも、噂の方が信ぴょう性が増している。  ……王族の仕業か。  噂の元凶の発信力によるものだろう。  それを嫌になるほどに実感せざるをえなかった。 「……契約破棄されない為に必死だな」  ジョージは同情するような目をカイルに向けてきた。  オメガになったことに対して同情をしているのだろう。 「家の為にアルファ性を捨てるやつだ。愛してるなんて嘘でも何度も言えるんだろうな」 「嘘はついていません」 「嘘だ。俺の知っているカイルは誇り高いアルファだった」  ジョージは悔しそうな顔をした。  ジョージはカイルの友人だ。幼馴染でもある。だからこそ、カイルの性格をよく知っている。嘘でも愛を囁かないことも知っていた。 「それをオメガに変えた大公閣下が憎い」  ジョージはカイルの友人の中では珍しくベータだった。  世間的にはベータが一番多い。しかし、アルファの友人を持つベータは少ないだろう。ジョージにとってカイルは友人であり、誇らしい存在でもあった。  それが覆されたのだ。  バース性の最下層であるオメガに変わっても、カイルはカイルのままだった。  だからこそ、無理やり、変えられたのだとしか思えなかった。 「しかたがないでしょう」  カイルはジョージの思いを否定しなかった。  没落後も友人として心配の手紙を送ってくれたのはジョージだけだ。その友情に報いたかった。 「セシリアが婚約を破棄されて修道院に送られたのです。子爵家になった実家では帰せないほどの借金を背負うはめになりました」  カイルの話に大勢が耳を傾ける。  公爵家が没落した話は有名だ。その経緯も有名だった。  しかし、当事者の話となれば興味がわくのだろう。 「その借金を返す為ならば、身売りをしますよ」  カイルはアーサーに買われた身だ。  運が良く、両想いになっただけの話である。  飼い殺しにされてもおかしくはなかった。性処理の道具扱いとしての人生も覚悟をしていた。アルファからオメガになったことを見世物のように連れて歩かれることも覚悟していた。アーサーがそのような人物ではないと信じつつも、オメガについての教本に書かれていたオメガに対する非道な扱いが頭を離れてくれなかった。

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