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02-2.ジョージ・スコットの主張
「俺はジョージが思っているほどに誇り高くありませんよ。目的の為ならば、性転換の妙薬を飲むくらいの人です」
カイルの言葉にジョージは納得しなかった。
「……ありえない」
ジョージは否定する。
今までジョージの中で神格化していたのだろう。ベータでも仲良くしてくれるアルファは貴重な存在だ。それを失いたくなかったのかもしれない。
「オメガになったから変わったんだ」
「俺はそんなに変わっていないと思いますが」
「口調も性格も変わってないさ! でも、誇りを捨ててしまったじゃないか!」
ジョージは憎くてしかたがないと言わんばかりの顔をした。視線はアーサーに向けられている。
カイルはジョージの言葉に納得をしてしまった。
……誇りか。
オメガになるなんて冗談でもありえないと思っていた。実際、性転換の妙薬を使うまでに一か月の月日を費やしている。
……子爵家に没落した日に捨てたよ、そんなものは。
いっそのこと平民に落とされてしまえば、開き直ったかもしれない。
情けのように子爵の地位に留められ、屈辱を浴びた。
「誇りなんて捨てましたよ」
カイルは言い切った。
誇りだけで生きていけるほどに貴族社会は甘くはない。
「子爵家に落とされた日から、俺は、公爵家の令息ではなくなったんです」
誇り高い公爵家を自慢に思っていた。
それを子爵家に落とされ、借金を背負わされ、家計は火の車となった。
「それで家族を養うことができませんから。ジョージ、俺は公爵家の出身ではなく、子爵家の出身です。誇り高いままでいられるはずがないでしょう」
カイルの言葉にジョージは黙ってしまった。
なにも言い返す言葉が浮かばなかったのだろう。
「アーサーに買われて大公夫人になっただけです。本来ならば、貧困で苦しんでいるところでしたよ」
カイルは言葉を選ばない。
アーサーがいかに優しいのか、説いたところで誰も信じない。
それならば、悲劇のヒロインにでもなってやるつもりだった。アーサーではなく、カイルが注目の的になれば誹謗中傷も減ることだろう。
「俺は幸せです。ですから、心配しないでください」
「その言葉をどこまで信じればいい?」
「すべてです。ジョージ。あなたは優しすぎますね」
カイルの言葉を聞き、ジョージはようやく諦めたようだ。
……ジョージは諦めたか。
認めたわけではない。
しかし、説得するのが無理だと周囲に知らしめる形にもなった。
「大公閣下」
ジョージは忌々しそうにアーサーに声をかける。
「大公夫人を大事にしてください。彼は俺の大切な友人です」
「言われなくても大事にしている」
「それなら、どうして、噂が流れるのですか?」
ジョージは苦笑しながら問いかけた。
「大公閣下。社交界にもっと顔を出してください。そうしなければ、悪い噂は事実ととらえられてしまいます」
ジョージは助言した。
他ならない友人のカイルの為の助言だった。
「仕事に影響が出ない範囲でなら」
アーサーは答えた。
近衛騎士団の騎士団長としての仕事を最優先にするのには変わりはない。
* * *
帰宅に向かう馬車の中、アーサーの機嫌は悪かった。
「アーサー。無理に社交界に連れ出したことは謝ります」
「……謝る必要はない」
「ですが、気分を害してしまったでしょう?」
カイルは隣に座るアーサーに声をかける。
機嫌が悪そうだが、返事はしてくれる。
「ジョージの言葉は気にしないでください」
「お前の友人の助言を無視はできない」
「あれは嫌味で言っていただけです。噂が消えるとも思ってもいないでしょう」
カイルは断言した。
……社交界に出るほどの暇がないと知っているくせに。
カイルも休みの日をすべて社交界に費やしていた。そうしなければ、セシリアが寂しい思いをすると知っていたからだ。性格が悪くても、セシリアはカイルにとってたった一人の妹には違いなかった。
カイルよりも休みの少ないアーサーが社交秋に顔を出すのは厳しい。
今日は偶然休みの日だったから参加できただけである。なにより、本人に出る気がなければどうしようもない話だった。
「同情を買う真似をしたのは、なぜだ?」
「その方が噂を流した人が食いつくでしょうから」
「危険だ。二度とするな」
アーサーの言葉を聞き、カイルは頷いた。
……危険なのはわかっています。
しかし、そうでもしなければ、噂を変えるのは無理だった。
「はい。アーサーの言う通りにします」
カイルは肯定した。
従順な妻を演じる必要がないのはわかっている。しかし、どこに敵の目があるのか、わからなかった。
「わかればいいんだ」
アーサーはそう言うとカイルの頭を豪快に撫ぜた。
「危険な目に遭わなくていい。頼むから屋敷で大人しくしていてくれ」
アーサーの切実な願いだった。
それに対し、カイルは頷いた。
……監禁の噂は消えそうもないな。
むしろ、本当に屋敷に監禁されそうな勢いだ。
……社交界に出ていた時間が短すぎる。
想定外だった。
誰もがカイルに同情をする場において、アーサーの居心地は悪かったことだろう。
「アーサーはそれでいいのですか?」
カイルは問いかける。
……不名誉な噂ばかりなのに。
噂を撤回しようとしなくていいのだろうか。
「私はかまわない」
アーサーは答えた。
「元々嫌われ者の大公だ。いまさら、噂が広まったっところで仕事に支障もないだろう」
アーサーは自虐的に言う。
それをカイルは否定できなかった。
……近衛騎士団の中でアーサーを慕っている人はいない。
仕事もできないくせに大公という立場だけで騎士団長に選ばれたと思われている。そのことをカイルはよく知っていた。数日前まではカイルもそう思っていたからだ。
「書類仕事だけをしていると思われていますよ」
カイルは近衛騎士団でのアーサーの評判をよく知っている。
「そうなのか?」
「はい。近衛騎士団は見回りと王族の警護が主な仕事ですから」
カイルの言葉にアーサーはため息を零した。
……事務員のように思われていると言わない方が良さそうだ。
近衛騎士団の騎士たちは、誰一人としてアーサーを騎士団長として慕っていない。呼び名こそ騎士団長と呼んでいるものの、実際には誰もそんなことを思っていない。
「事情を知らないのです、誤解されるのもしかたがないことなのでしょう?」
カイルが事情を話しに行くこともできない。
アルファだけで構成されている騎士団にオメガのカイルが立ち入ることはできないのだ。同僚たちに別れを告げることさえも許されなかった。
「そうだな」
アーサーは否定しなかった。
「それでいいんだ」
アーサーは諦めてしまったのかもしれない。
カイルの髪を乱暴に撫ぜながら、アーサーはそう言った。
……よくないでしょう。
カイルは諦めれなかった。
アーサーに髪を撫ぜられながら、考える。
……なんとしてでも、誤解を解かなければ。
監禁されているなんて不名誉だ。
「アーサー」
「なんだ」
「俺は諦めませんからね」
カイルは宣言した。
アーサーが諦めてしまった誇りを取り戻すのだ。
「アーサーは自慢の番です。それを貶すようなことは許せません」
カイルの言葉にアーサーは驚いたようだった。
「なぜ、そこまで思ってくれるんだ?」
アーサーは問いかける。
理解ができなった。
「愛しているからですよ」
カイルは簡単に答えを出した。
その答えにアーサーは複雑そうな顔をした。
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