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03-2.監禁の噂

「恥ずかしがることはない」  アーサーは淡々と話をする。  ……機嫌が悪そうだ。  仕事中になにかあったのだろう。  ……今夜は覚悟がいるな。  機嫌が悪いとセックスが長引く傾向があった。  癒しをカイルに求めているのだろう。  寝室に入った途端にベッドに座らされた。  ……帰ってきて早々にヤるつもりか、この人は。  カイルは隣に座ったアーサーに視線を向ける。 「――妙な噂とは?」  アーサーは問いかけた。 「不仲説が広がっています」 「不仲?」 「ええ。不仲だそうです」  カイルの言葉にアーサーはため息を零した。  ……これは心当たりがあるな。  アーサーのため息の理由は外にある。 「屋敷も外も同じか」 「外もですか?」 「そうだ。部下に早々に別れるように詰め寄られたところだ」  アーサーの機嫌が悪かったのは仕事中に言われた言葉によるものだったようだ。  ……同僚ならばやりかねない。  ただでさえ、騎士団長に不満を持っている連中だ。有能なカイルが退職した原因となっているアーサーに対し、不満を爆発させていたところでおかしくはない。 「厄介なことが起きた」 「なんでしょうか?」 「カイルの運命の番を見つけたかもしれない」  アーサーの言葉にカイルは目を見開いた。  ……運命の番。  それは伝説のような存在だ。  一目見ればわかると言われている。たとえ、既婚者であったとしても惹かれ合い、必ず、結ばれる運命にあると言われている。  ……あの場にいたのか?  カイルはなにも感じなかった。  それはアーサーと番契約を結んでいるからだろう。 「俺はなにも感じませんでしたが」  カイルは困惑していた。  今になって運命の番が現れても困るのだ。 「相手は違うだろう」  アーサーはカイルを抱きしめる。  宝物を守るようだった。 「第六王子殿下だ。彼がカイルを受け渡すように言ってきた」  アーサーは疲れていた。  王族を相手にするのは疲れる。それが部下であっても変わりはない。 「……受け渡すおつもりですか?」  カイルは心配だった。  王族を警戒し続けているアーサーのことだ。王族の言いなりになる可能性もゼロではなかった。 「まさか。そんなことはできないと断った」  アーサーは信じられないことが起きたと言わんばかりの声をあげた。  王位継承権の低い第六王子は近衛騎士団に所属をしていたはずである。  ……話したことはあったはず。  印象の薄い青年だった覚えがある。 「噂を流しているのも、おそらく、第六王子殿下だろう」  アーサーの言葉にカイルは頷いた。  お茶会の場にいたのならば、わざとらしい不仲の噂など流れるはずがない。愛し愛っているのだと印象付けたのにもかかわらず、噂が悪化しているのは噂を信じたほうが利益があるからだ。  王族と関係を持ちたい貴族にとって、真実はどうでもいいことだ。 「第六王子殿下といえば、庶子という噂がありますね」  カイルが知っているのはそれくらいだ。 「そうだ」  アーサーは肯定した。 「庶子だからこそ、王族でありながらも騎士団に所属している」  アーサーは詳しい事情を知っているのだろう。 「彼――、アドルフ第六王子殿下には権力がない」  アーサーは第六王子、アドルフ・アクアラインのことをよく知っている。だからこそ、アドルフの言いがかりのような言葉もはねのけたのだろう。  アクアライン王国では離婚を成立させるのは難しい。  相当な理由がなければ成立は不可能である。  ましてや、番契約を結んでいる相手となれば離婚は成立不可能といっても過言ではない。 「国王夫妻に訴えたところで叶うはずもない」 「なぜ、言い切れるのですか?」 「私と同じように彼らから嫌われているからだ」  アーサーは言い切った。  ……庶子が疎まれるのはよくあることだ。  それでも、認知をしているのだから、多少なりとも関心はありそうだったのだが、実際は違うようだ。アドルフは王族の恥のような扱いを受けていた。  だからこそ、アドルフは主張をしない人だった。  物静かに息を潜めて生きていくことに慣れている人だった。  そんな人が変わってしまってしまうほどに、運命の番というのは強烈な存在なのだろう。 「しかし、変な話ですね」 「なにがだ?」 「運命の番はオメガだと思っていました。俺は元々はアルファですから」  カイルの言葉に対し、アーサーは首を傾げた。 「運命の番は急に発生するものだろう?」  アーサーの言葉にカイルは目を丸くした。 「そんなわけがないでしょう」  カイルはすぐに否定した。 「運命の番は生まれつきのものです。伝説にすぎないと思っていましたが、運命の番は一目見ればわかるそうです」  カイルはアーサーの偏った知識を否定する。  ……一体、どこから変な知識を手に入れたのか。  呆れてしまうほどに変な知識だった。 「では、生まれつきアルファ同士だったのだろう」 「そんなことがありえますか?」 「ありえるのだろう。事実として、第六王子殿下は運命の番だと主張している」  アーサーはアドルフが嘘を吐いているとは思えなかった。  日頃から主張をしない青年だったことも大きいだろう。  ……おそらく、嘘だろう。  なにかしらの弱みを握られている可能性が高い。 「……どうするつもりですか」  カイルはアーサーの様子を伺う。  ……本当に殺すつもりではないだろうが。  亡き者にするのには身分が高い。

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