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03-5.監禁の噂
……アドルフ第六王子殿下か。
印象がはっきりと残っていない。
ただ静かな人だった。それしか覚えていない。
「……外に出たい」
不意に本音を口にしてしまった。
その途端、扉が開かれた。立っていたのはアーサーではなく、どこかに行くかのように荷物を抱えたメイドたちだった。
「何用だ」
カイルは冷たくあしらう。
それに対し、メイドたちは我慢できないというかのように寝室に侵入した。
「カイル様」
「私たちはカイル様の味方です」
「すぐにでも逃げましょう」
メイドたちは一斉に話を始める。
それは不快でしかなかった。
……噂を信じている連中か。
中には貴族出身者もいるだろう。
「逃げる必要はない」
カイルは演技をすることにした。
噂を真実に変えようとアーサーがしているのならば、カイルにだって企みはある。
「俺はアーサーを愛している」
カイルの言葉にメイドたちは一斉に首を横に振った。
「洗脳されているのです」
一番目のメイドは迷うことなく言い切った。
「早く逃げましょう」
二番目のメイドは荷物を抱えながら、声をかける。
「逃げ場所は用意してあります。早く行きましょう」
三番目のメイドはカイルを安心させるように言った。
……用意されている?
彼女たちについていけば、噂の元凶が待ち構えていることだろう。不仲の噂を流しているダリアではなく、監禁されいるという噂を流した王族の方が待ち構えているのに違いない。
それがアドルフである気がした。
……王族の手の者か。
彼女たちが忠誠を誓っているのは大公であるアーサーではなく、王族だ。
「無駄だ」
カイルは言い切った。
……利用する価値もない。
最低限の情報しか持っていないだろう。
彼女たちの役目はアーサーからカイルを取り上げることだ。
「番契約を結ばれてしまった」
カイルは同情を引くように俯いた。
反応を伺う。
「ご安心をしてください。番契約を結んでも、運命の番ならば、上書きができます」
「運命の番? そんなものがどこにいる」
「アドルフ第六王子殿下です。彼がカイル様の解放を願っております」
メイドはカイルの演技に騙された。
……王族の名を口にしたな。
元々は王宮のメイドだったのだろう。
「殿下には力がないはずだ」
カイルは話を合わせる。
アーサーが部屋に入ろうか悩んでいることに気配で気づいていたものの、なにも気づいていない演技を続けた。それを見て察したのだろう。アーサーは扉に隠れるように身を潜めた。
「俺は大公家に居なければならない」
カイルは同情を引くような真似をした。
「こだわる必要はありません」
メイドはすぐに否定をする。
「そうしなければ、子爵家の家族が困るだろう?」
カイルの言葉にメイドは黙った。
……売られたと発言したのを知っているな。
やはり、お茶会の場にいたようだ。
「俺はアドルフ第六王子殿下の元にはいけない」
カイルは顔をゆっくりとあげた。
三人とも同情をした顔をしていた。
「売られた限りは言う通りにするつもりだ」
カイルは悲しそうな声を出した。
「君たちも俺のことを気にかけなくていい。どうせ、大公邸からでられない」
カイルは諦めてしまったかのような言葉を口にする。
わざとらしい演技だった。
しかし、メイドたちの同情を買うのには充分だった。
「王妃陛下ならば、カイル様を助けてくださります」
メイドの一人がそう言った。
他の二人も同調するように頷いていた。
「王妃陛下が?」
カイルは驚いた。
……この三人の雇い主は王妃陛下か。
簡単に正体を明かすとは思っていなかった。
……アーサーの監視役か。それとも、俺の監視か。
カイルは考える。
今にも部屋に乗り込みそうな勢いのアーサーに視線を送った。
「カイル様?」
メイドの一人がカイルの異変に気付いた。
わざとらしく、目線をメイドたちから逸らし、怯えた演技をする。
「カイルをどこに連れて行くつもりだ」
「! ……大公閣下。何の話でしょうか」
「話は聞いていた。言い逃れはできないと思え」
アーサーは呆れたような視線をカイルに向けた。
「逃げれると思わないことだ」
アーサーは冷たい言葉をカイルにかける。
それも演技だった。
メイドたちに信ぴょう性をあげる為の演技だ。
「地下牢へ連れて行け」
「かしこまりました」
アーサーが連れて来た執事たちの手によって、三人のメイドは捕縛され、連れて行かれた。それをカイルは名残惜しそうな目で見つめていたものの、なにもすることができない。
……噂を流した犯人の特定はできた。
それは恐ろしい事実だった。
離縁を差せようと思えばさせられるほどの権力者だ。国王陛下も絡んでいる可能性が高い。それほどまでにアーサーを警戒しているのだろう。
「カイル」
アーサーはカイルの名を呼んだ。
演技をする必要がなくなったからか、穏やかな声色だった。
「怖くはなかったか?」
「話を聞いて恐ろしくなりましたよ」
カイルは素直に答えた。
「そうか。そうだろうな」
アーサーはカイルの隣に座る。
それから雑に髪を撫ぜた。
「すまない」
「なぜ、謝るのですか」
「密偵を捕まえる為とはいえ、怖い思いをさせてしまった」
アーサーは監禁の準備をしに行ったのではなかった。
そういう発言をすれば、すぐに尻尾を出すと思ったからこその発言だった。それを事前にカイルに教える時間はなかった。
「大丈夫です」
カイルは問題と言わんばかりの表情をした。
「俺が恐ろしいと思ったのは、彼女たちの雇い主の正体です」
カイルの言葉にアーサーは頷いた。
「想定内だ」
アーサーは驚いた様子は見せなかった。
想定の範囲内の人物だったのだろう。
「性転換の妙薬を使うことに最後まで反対をしていたからな」
「そうなのですか?」
「大公家の血筋を残したくなかったのだろう」
アーサーはなんでもないことを言うかのように、告げた。
……王妃陛下には会ったことがある。
穏やかな気質の人だった。
警護対象として近衛騎士の仕事をしていた時に何度も遭遇している。
「両親を殺したのも、おそらく、王妃だ」
アーサーは確信はないと付け加えた。
「事故死に見せかけるのは、あの人の得意技だ」
「では、俺も事故には気を付けないといけませんね」
「そうしてくれ。屋敷内にいれば安全だろうが」
アーサーは本気だった。
……監禁は避けられないな。
カイルは諦めるしかなかった。
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