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03-1.王妃陛下のお茶会
……昨日はセックスもしなかったな。
番として匂い付けをする意味もあるというのをわかっていないのだろうか。カイルが目を覚ますとアーサーは既に騎士団の制服に着替えていた。
「アーサー。今日も仕事ですか」
カイルはベッドから起きる。
それから昨夜準備しておいた服に手を伸ばした。
……気が重い。
今日は王妃陛下のお茶会に出席をしなければならない。その場にはアーサーはいない。誰も味方がいない状況で運命の番と会わされることになるだろう。
……なにが運命の番だ。
カイルは信じていなかった。
元々アルファのカイルにとって、運命の番がアルファであることは信じられない。運命の番ならばオメガであるべきだ。そう考えていた。
……偽物のくせに。
運命の番を名乗ることが許せなかった。
「そうだ」
「では、一緒の馬車でいきますか?」
「そうなる」
アーサーは素っ気なかった。
わざと距離をとろうとしているのだろう。傷つかない為の防衛本能だ。
それがカイルの心を傷つけた。
「護衛対象を送迎するのが今日の仕事だ」
「護衛対象?」
「そうだ。大公夫人を王妃陛下の茶会に連れて行くことだ」
アーサーはようやく振り返った。
なにを考えているのかわからない無表情だった。
「では、送ってくださるのですね」
カイルは少しだけ安心をした。
「アーサー」
カイルはアーサーに両腕を伸ばす。
その手がアーサーに触れることはなかった。
「俺はアーサーが好きです」
カイルはめげない。
運命の番に負けてやるつもりはなかった。
アーサーが好きだという気持ちは絶対的なものだ。
「大好きですよ、アーサー」
何度でも愛を告げる。その言葉を信じてもらえないとわかっていた。
カイルは諦めたくなかった。
……アーサーは諦めてしまったのだろうか。
カイルは運命の番がいたとされるスコット家の茶会でも、その存在を認知できなかった。性転換の妙薬を使ったことによる代償の一つなのか、既に番がいるからなのか、それとも、運命の番を自称しているだけなのか、わからない。
どれでもよかった。
カイルにはアーサーだけだった。
「愛しています」
カイルはアーサーに愛を告げる。
それに返事が来ることはなかった。
「抱きしめてくれないのですか?」
「その資格は私にはない」
「ありますよ、夫婦ですから」
カイルの言葉にアーサーは困ったような顔をした。
……また自信を無くしている。
困るのだ。しっかりとしていてもらわなければ、嫁いだ意味がない。
「アーサーが望んだのでしょう」
カイルはアーサーに両腕を伸ばし続ける。
それにアーサーは応えることがなかった。
「私の間違いだった」
アーサーはカイルから視線を外した。
「後悔をしているのですか?」
カイルの問いかけにアーサーは頷いた。
……後悔しているのか。
カイルはオメガになった。
番契約もした。
アーサーから逃げられない立場に置かれているというのにもかかわらず、アルファであるアーサーは一人で後悔をしていた。
……捨てられるかもしれないな。
カイルは悟るしかなかった。
アルファに捨てられたオメガの話は知っている。狂うほどに元番を恋しがり、狂うほどの発情期を一人で過ごさなければならない。性転換の妙薬を使ったカイルにとって、発情期はそれほど辛くはないだろう。しかし、番に捨てられたという事実は重く圧し掛かるはずだ。
それをアーサーは理解していない。
「後悔している」
アーサーは言葉を口にした。
……性転換の妙薬を使うべきじゃなかった。
アルファのままであったのならば、カイルの人生はさほど大きな変化はなかったはずだ。好きな人との間に子どもができないことを嘆いてはいただろう。しかし、騎士として活躍できる喜びもあったはずである。
「……そうですか」
カイルは両腕を下ろした。
抱きしめられることを諦めた。
……捨てられるんだろう。
手に入れてしまえば興味を失ったのかもしれない。
一時の感情に任せたものだったのかもしれない。
……覚悟をしなければ。
実家に戻れば、すぐに売りに出されることだろう。
子爵家になった実家にはオメガを養う余裕などない。人身売買の業者に売り渡されるのが目に見えていた。
「アーサー。それでも、俺はアーサーが好きです。そのことだけは忘れないでください」
カイルは愛の言葉を口にした、
その言葉はアーサーには届かない。
それでも、諦めることはできなかった。
……子爵家に戻された後の話を聞けば、後悔するのだろうか。
優しい性格をしているアーサーのことだ。自分の行いを責めることだろう。
* * *
馬車の中は無言だった。
アーサーは外を眺めていて、カイルを見ようともしなかった。
王宮につくと慣れたようにエスコートをするアーサーに対し、カイルはなにも言わなかった。
アーサーは迷うことなく、王宮の中を進んでいく。
中庭でお茶会が開かれることはわかっているのだろう。
「お待たせしました。王妃陛下」
「いいのよ。わたくしたちもそれほどに待っていないわ」
アーサーに導かれるようにして着いたのは、中庭だった。
お茶会の準備がされているテーブルと空席の椅子が一つだけ残っている。座っているのは王妃陛下とアドルフ第六王子殿下だった。
自称運命の番と強制的に顔合わせをさせられたのだ。
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