30 / 36
03-2.王妃陛下のお茶会
……なにも感じない。
運命の番だというアドルフ第六王子殿下の視線を一身に受ける。
それでも、なにも感じなかった。
……視線が煩わしいだけだ。
見つめられても煩わしく感じてしまう。嫌悪感さえあった。
「はじめまして、王妃殿下、第六王子殿下。カイル・ホワイトです」
カイルは礼儀正しく挨拶をした。
印象は大切だ。
それに対し、王妃陛下は嬉しそうに笑っていた。
「あなたがアドルフの運命の番なのね」
王妃陛下は嬉しそうに話をする。
「座ってちょうだい。話をしてみたかったの」
王妃陛下の指示に従い、カイルは椅子に座る。
その間、アーサーはカイルの後ろに立っているだけだった。離れようともしないが、会話を遮ろうともしない。
「大公夫人にはもったいない綺麗な子だわ。何度か警備をしてくれたわね」
「はい。騎士の時代にはお世話になりました」
「そうだったわ。その時から綺麗な子だと思っていたのよ」
王妃陛下は嬉しそうに語る。
……綺麗か。
アルファの中では普通の容姿をしていた。
しかし、アルファは容姿が優れている者が多い。その為、カイルも綺麗の部類に入る容姿をしていた。
……人形のような扱いだ。
王妃陛下は見目麗しいアルファを好む。
人形遊びを好む少女のような趣味をしていた。
「運命の番だなんて。伝説の存在だと思っていたわ」
「俺もそう思います」
「そうよね。でも、アドルフはあなたの運命の番よ」
王妃陛下は確信があるようだった。
……なにが狙いだ?
王妃陛下は嫌っているはずのアーサーに聞かせているようだった。
……アーサーから俺を取り上げたいのか。
すぐに目的を悟る。
一度与えたものを取り上げることでしか、アーサーに打撃を与えられないのだろう。
「運命の番ですか」
カイルは大公夫人として接する。
必要以上に怯えない。
悲惨な目に遭っている大公領とはいえ、カイルが大公夫人になってからは人口の流出も減り始めた。少しずつ、改善の方向に進んでいる。
カイルは大公夫人なのだ。
その権力は王族の次になる。
必要以上に屈することはしない。カイルの態度を諫めようとアーサーがしないのならば、カイルは好きなように振る舞うだけだ。
「申し訳ございません。俺にはわからないです」
カイルは謝罪をした。
「番以外にはなにもフェロモンを感じないのです」
カイルの言葉に王妃陛下は笑った。
カイルの返答をわかっていたかのようだった。
「ええ、性転換の妙薬を使った代償でしょう」
王妃陛下は引かない。
「運命の番ならば、番契約をし直せると聞いたことがありますわ。目の前でしてみせてくださらない?」
「それはできません」
「あら、王妃であるわたくしの命令を逆らうというの?」
王妃陛下は不機嫌になった。
命令を逆らえないと思ったのだろう。
「オメガの番契約は一度だけです。例外はございません」
カイルは言い切った。
それから、視線をアドルフに向けた。
「王妃陛下、アドルフ殿下のご期待に応えることができず、申し訳なく思っております」
カイルは謝罪をする。
その言葉に王妃陛下は不機嫌そうに立ち上がり、カイルの肩を掴んだ。
「首元の噛み痕があるわね」
「え、ええ。番契約をしましたので」
「どうして、断らなかったのかしら」
王妃陛下はカイルの首元に触れる。
噛み痕は残っている。
番契約の噛み痕は年数が経っても、たとえ、番契約を解消しても消えない。
「大公閣下に買われた身として、断ることなどできましょうか」
カイルは王妃陛下が納得するような言葉を口にした。
……実際、買われたのは事実だしな。
子爵家の借金を代わりに背負うことを条件として、カイルはアーサーに買われた。運が良く、両想いだったものの、それもすぐに破綻しそうな勢いだった。
そのことを王妃陛下が知らないはずがない。
大公邸に放ってある王妃陛下の部下により、報告が入っているはずだ。
「……そうね」
王妃殿下は納得したようで首から手を離した。
「あなたは大公に買われたのですものね」
王妃殿下は同情するようにそう言った。
「アドルフに同情するわ。こうなるとわかっていたのならば、王室であなたを買い取ったのに」
王妃陛下は嘆いた。
……嘘だな。
王妃陛下はアドルフの為には動かない。
庶子であるアドルフのことをよく思っていないからだ。
「アドルフ。大公夫人の首を噛みなさい」
「しかし、王妃陛下。本人の許可なしには――」
「わたくしの命令が聞けないのですか」
王妃陛下は強硬手段に出た。
それに対し、カイルは立ち上がろうとしたが両肩を王妃陛下に抑えられてしまい、振り切れない。
「……はい」
アドルフは立ち上がった。
……嫌だ!
本能が拒絶をする。
……助けて! アーサー!
番以外の番にされそうになっている。
その状況を見て、アーサーはついに動いた。
王妃殿下の指示に従い、カイルの元に近づくアドルフの腕を掴んだのだ。
「大公。王妃陛下の命令は絶対だ」
「妻が嫌がっているのがわかりませんか?」
「嫌がっていようが関係ない。番にさえなれば、運命だとわかるはずだ」
アドルフは一歩も引かなかった。
そのやり取りを見ている王妃陛下は笑っていた。
……この状況で笑えるのか。
ぞっとした。
ともだちにシェアしよう!

