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番外編 初恋の話
カイルが初恋をしたのは十歳の時だった。
まだ実家が公爵家であった頃の話である。
「大公閣下に挨拶をしなさい」
父親に会談に連れて来られたカイルはアーサーを見つめる。二十歳の青年は大人びていて無表情だった。
しかし、カイルの視線に合わせてくれた。
それがカイルは嬉しかった。
「カイル・ブラッドと申します。大公閣下」
カイルは十歳とは思えないほどに聡明だった。
アルファとして生まれ、アルファらしくあるように教育を受けてきた。綺麗な言葉遣いで話す姿はまるで人形のようだった。
「アーサー・ホワイトだ」
アーサーは手を伸ばし、カイルの頭を撫ぜる。
子ども扱いをする大人は貴重だった。アルファらしくあるようにと厳しい家庭教師がつけられ、家族の中でも厳しい礼儀作法を求められてきた。
だからこそ、アーサーの仕草がなにを意味しているのか、カイルにはわからなかった。
しかし、カイルはこの時、恋に落ちてしまった。
「大公閣下はアルファでしたな」
「はい。あまりアルファらしくもありませんが」
「いやいや、アルファであることが貴重な存在の証ではないですか」
父親の会話を聞き、カイルはすぐに言葉の意味を理解する。
……俺とアーサー様は結ばれない。
十歳も年下の子どもを相手にしてくれるのは、子ども扱いをされているからだ。カイルの求めている好意とは違う。
アルファ同士は結ばれない。
互いに反発をしあう傾向があるそだ。
そもそも、貴族社会において子どもが作れない関係など無意味だった。
……オメガだったらよかったのに。
そうすれば、アーサーの子どもを産めたかもしれない。
不意に頭を過ってしまった言葉を心の奥底に隠す。オメガに憧れるアルファなどブラッド公爵家の令息にはふさわしくない考えだった。
「息子が気に入りましたか?」
父親は嬉しそうに問いかけた。
それに対し、アーサーは無言で頷いた。視線はカイルに向けられたままだ。
アーサーはカイルを持ち上げる。それから強引に膝の上に座らせた。
「大公閣下に気に入ってもらえてなによりです」
「この子の第二性は?」
「アルファです。それもかなり強い部類に入るでしょう」
父親は自慢をするように言った。
その言葉にアーサーは落胆していたものの、顔には出ていなかった。
……どうして、アーサー様の膝の上に乗せられているのだろう。
カイルは困惑してた。
アーサーのお気に入りになったことは確かである。
「カイル」
「はい、大公閣下」
「将来は近衛騎士団に入るといい」
アーサーは自身が務めている近衛騎士団の名を口にした。僅か二十歳で騎士団長に任命をされたアーサーは優秀な部類ではない。大公領を更地にしようと企む王族により、拝命させられただけのお飾りだ。
しかし、カイルを傍に置いておきたかった。
アルファ―同士で叶わない恋だとしても、アーサーは諦められなかった。
「近衛騎士団ですか?」
カイルは騎士団の中でも優秀な部類に組み分けられる近衛騎士団に入るつもりなどなかった。しかし、アーサーに薦められたのだ。入る以外の選択肢は無くなった。
「そこに大公閣下はいますか?」
「近衛騎士団の騎士団長だ」
「すごいです。大公閣下は優秀な人なのですね」
カイルは純粋にそう思っていた。
……近衛騎士団。
カイルは剣術よりも魔法に優れている。将来は王宮魔導士団に入団しようと考えていたくらいである。しかし、アーサーの傍にいられるのならば、近衛騎士団を目指すのも魅力的だった。
父親は反対をしないだろう。
剣術の才能も秘めていることを知っていた。
「そうでもない」
アーサーはカイルを抱きしめる。
対格差がある二人では覆い潰されそうな勢いだった。
「カイルの方が強くなるだろう」
アーサーの言葉にカイルは目を輝かせた。期待をされていることには慣れていた。
* * *
七年前の初恋の思い出を思い出したのは、近衛騎士団に入ってからだった。
そこで思い知ったのはアーサーが訓練にも出ず、書類仕事だけをしているお飾りの騎士団長であることだった。幼い頃に描いた日々は崩壊した。
「騎士団長はお飾りだ」
先輩に言われて、カイルも頷いた。
恋心を心の奥底に埋める。一緒に職場で働けるだけで満足をしなければならなかった。
「副騎士団長の指示に従えばいい。騎士団長の戯言は聞き流せ」
「はい。先輩」
「素直でいいな。アルファ同士だと反発すると聞いたが、今年の新卒は素直な連中ばかりだ」
先輩は笑った。
アルファ同士が集まれば、どうしても衝突が起きやすい。
誇り高い優秀な人々が集まっているのだ。考え方の違いなどで衝突を繰り返してしまうのはしかたがないことだった。
カイルは優秀なアルファだった。
しかし、性格は温厚だ。
「綺麗な連中も揃っているしな」
先輩は嘆いた。
先輩はアルファの中では下位に相当する。見た目もベータとあまり変わりはない。
「王族方のお気に入りになれるように努めることだ」
「はい、先輩。がんばります」
「良い返事だ。お前がオメガだったら番にしてやってもよかったのに」
先輩の言葉にカイルは引いた。
一歩下がる。
「冗談はやめてください。笑えませんよ」
カイルは性転換の妙薬が発明されたことを知っていた。
強引に飲まされる危険性もある。
危険な薬を開発したものだとカイルは嘆いていた。
「冗談だ。アルファに興味はない」
「そうですよね」
「アルファ同士で結ばれようとするなんて正気じゃないだろ?」
先輩の言葉にカイルは頷くしかなかった。
カイルの恋は叶わない。
叶えてはいけない恋だった。
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