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第2話 死刑囚・アルバ②

 練習が終わった後、夕食の時間になった。チャイムが鳴ると、部屋の鍵が外れる音がした。 「夕食の時間だ。食堂に向かえ」  三人は演奏を止め、近くの白い長机に各々の楽器を置くと、看守の指示通りに三人は部屋を出た。 「アルバ。君も来なよ」  正直、食欲は全く湧かない。誘いを拒もうと首を振りかけたその時、看守が痺れを切らしたのか壁に警棒を叩きつけた。 「食堂へ向かえと言っている!」  仕方なくアルバも部屋を出て、四人は食堂へと向かった。 「ここは基本的にルールには厳しいけど、それさえ守っていれば、後は自由だからね」  ヴォルターはアルバに微笑みかけたが、アルバは顔を上げるのも億劫になり、俯いたまま頷いた。  どうして自分はこんな目に合っているのだろう。誰も殺していないのに、どうしてこんなルールに従わなければならないのだろうか。  あまりに悔しく、あまりに虚しい。  ふと、アルバの目に涙が滲む。  だが、泣いたところでどうにもならない。ルールには従わなくてはならないし、ここから出ることも叶わない。そして自分には死が待ち受けている。泣いたところでその運命は回避できない。あまりの虚しさで涙はすぐに引っ込んだ。  食堂に着くと、カウンターから夕食が出された。四切れのフランスパンにコーンスープ。ロラン曰く、死刑囚の食事にしては豪華だそうで、他の刑務所はこんなに豪華ではないらしい。 「酷い所だとパン一切れだけってところもあるんだよ」 「へえ。随分詳しいんだな」 「まあ、本で読んだんだよ。ノンフィクションものの日記。そこではカビだらけのパンを一切れ食べて飢えをしのごうとしたんだって。でもその日記の著者は流行り病で死んでしまったていうオチ」 「ふーん。つまらなさそうだな」 「意外とそうでもないよ。自分の知らなかった世界を知れるんだから」  今更知ってどうするのだというのだろう。自分だけじゃない。ここにいる三人も死刑囚なのだから、死は近いはずだ。なのになぜ、ご飯を食べて生きようとしているのだろう。本を読んで知識を身につけようとしているのだろう。全て無意味だというのに。 「アルバは本を読む?」  首を横に振ると、ロランは「残念」と肩を竦めた。別に本が嫌いという訳ではない。今まで本が読める環境にいなかっただけの話だ。 ──アルバは元々孤児だった。  戦争で両親を亡くし、血の繋がった者はみな、いなくなってしまった。路上で飢えと戦う日々を送る羽目になり、スラムで生ごみを漁っては食べ、泥水を啜って死んだように生きていた。当然そんな環境で学校にも行けず、誰も文字を教えてくれないのだから、文字すら読めない。そんな自分が本を読むなど、夢のまた夢の話だった。 「私は本が好きだよ。それが作り物の話だろうと、学べることは多いからね」 「でも、ヴォルターとぼくじゃ、読むジャンルが違うよね。ヴォルターはよくミステリーものを読んでいるから。ぼくにはミステリーはあんまり合わないんだよね」 「アガサ・クリスティーなんかは君にぴったりだと思うけどね。そういう私だって、君がよく読む史実ものは肌に合わない」 「カミーユはどんな本を読むの?」  二人は黙々とパンをかじっているカミーユの方を向いた。 「音楽史しか読まない」 「やっぱりね」  ロランとヴォルターは顔を見合わせながら笑った。 「本当に君は音楽馬鹿みたいだ」 「は? 馬鹿はお前らだろう」 「そういう意味じゃないよ。音楽にのめり込み過ぎているって話」  カミーユは最後の一口を平らげると、何も言わずに盆を持って立ち上がった。 「また練習?」 「ああ」  カミーユは一言だけ返事をすると、そのまま立ち去って行った。そしてロランは一口も手を付けていないアルバを心配そうに見つめた。 「そういえば何も食べていないけれど、大丈夫なの?」    大丈夫なわけがない。死が近づいているというのに、どうしてお前らはそう呑気なんだ。心から湧きだす言葉をアルバは飲み込んだ。 「ちゃんと食べないと、体力持たないよ」  それでも口を付けようとしないアルバに、ヴォルターとロランは眉をハの字に下げて、心配しながらも夕食を食べた。

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