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第54.5話 琴瑟相和 ※

「好きに抱いてくれ」  その瞬間、クラウスから今まで感じたことのない濃い魔力が溢れた。あぁ、興奮している。押さえ込もうとしていた彼の理性が、決壊したのが分かった。  彼の魔力に当てられるように、レイの魔力も溢れ出す。体の芯が熱くなって息苦しさを覚え、レイは吐息を漏らした。クラウスの震える手がレイの肩を掴み、レイの腕を振りほどいて噛みつくように唇を塞いだ。貪るようなキスにレイは仰け反ったが、肩から後頭部へ滑るように回された大きな手と腰を抱いた彼の腕が、レイを捕まえて放さなかった。  レイの腰を抱いた手がそのままするりと下へ滑り降り、シャツを捲り上げた。レイの体で唯一肉がついている部位を、持ち上げるように揉みしだく。双丘を割るように揉まれるたび、割れ目が空気に触れてレイの体はびくりと震えた。 「レイ、先に謝っておく」  クラウスがまるで熱に浮かされているように吐息を交えながら、そう前置いた。その言葉の続きを待たず、クラウスの指が割れ目の中へ侵入した。 「抱きつぶされる覚悟をしてくれ」  つぷりと入ってくる指の先から、クラウスの魔力が注がれる。濃く熱いクラウスの魔力がレイの中を満たそうと進み続ける。レイは思わず漏れた声を慌ててかみ殺した。クラウスが、いつもだったら張っているはずの防音結界を、張っていない。夕食前のこの時間に、レイの恥ずかしい声がレーヴェンシュタイン公爵家の使用人たちの耳に入るのは、ごめんだ。 「く、ら……ッ! 結界、を」  膝が震え始めた。久しぶりのクラウスの魔力に、体が過敏に反応している。すでに立つのもやっとだった。  クラウスはちらりとすぐ隣にあるドアを見て、指で鍵をかけて、それだけだった。レイが驚愕の顔でクラウスを見上げるが、クラウスの瞳はもうレイの顔を見ていなかった。レイの首筋に顔を埋めて、ちくりと痛むキスを落としていく。かくんと膝が抜けて、崩れ落ちるレイの体をクラウスの腕が抱き留める。そのままレイの体をドアに押し付け、キスを降らせていく。シャツのボタンを外しつつ、首筋から胸元、胸の頂のすぐ横へと、軌跡を残すように赤い痕が連なっていく。レイは上がる快感に声を殺しながら、快感を逃がしたくて必死に息を吐いた。  ちぅっと音を立てながら胸の頂を吸われ、レイは思わず声を漏らした。震えた体がドアを揺らし、かたんと音が響いた。 「くら、う、す……せめて、ベッド――ッ!」  懇願すら最後まで言わせてもらえず、黙らせるようにクラウスの舌が口内へ侵入した。響く唾液をかき混ぜる音が、更にレイの羞恥心を煽った。  体内に充分注がれたクラウスの魔力が、遠慮なく動き始める。腰からせり上がる快楽に、レイはクラウスのシャツにしがみついた。目尻に涙を浮かべながら、懇願するようにクラウスを見上げる。クラウスの手がそっとレイの頬を撫で、藍色の瞳が愛おしそうにレイを見降ろす。 「あぁ、煽るのが上手いな」  全くそんなつもりはないのに、クラウスは嬉しそうにそう呟いた。興奮で息が上がっているクラウスが、自分のシャツのカフスを外し、首元を緩め始めた。しがみついたシャツが緩まって、レイはクラウスの胸元に倒れ込むように身を預けた。クラウスが片腕でレイを優しく抱き留め、もう片方の手で器用にシャツを脱いでいく。片袖を抜いたところで腕を入れ替え、残りの袖も外して、シャツを近くのソファへ投げた。 「レイ、中は、気持ちがいいか?」  話せるような状況にないのを知っているくせに、クラウスは意地悪くレイの耳元で囁く。クラウスの甘い声が脳に響いて、レイは細かく息を吐きながら、自分の魔力が蕩けるようにクラウスの魔力に縋り付いていくのが分かった。  とろけた顔のレイの唇を塞いで、クラウスの手は下へと伸びる。そそり立つレイ自身に指が触れ、レイは塞がれた口内で声を上げた。先から迸るものを指で擦り付けながら、クラウスの指がゆっくりと滑り始めた。  前と後ろから押し寄せる快楽に、レイの体と魔力が震え始める。レイの口元を塞いでいたクラウスの唇が離れ、レイは眉に力を入れて快感に耐えた。 「同時に触られるのは、嫌なんだったな? わかっている。だが、今日は好きに抱いていいのだろう?」  嬉しそうにそう言いながら、レイの体をドアに押し付けた。そのまま胸の先端に吸い付いて、レイの昂りを弄ぶ。  歯を食いしばって、快感に耐える。脳が焼き切れそうな感覚に耐えながら、必死に体に力を入れて意識しないよう思考を逃がすが、何度も込み上げる射精感を押し留めるために現実に引き戻される。 「レイ、早く入れたいが、久しぶりだから、な。もう少し、慣らさないと」  甘い響きの低音が頂へ誘おうとする。レイは頭を振って我慢した。クラウスは、仕方ないと言わんばかりにしゃがみこんで、レイを容赦なく咥え込んだ。 「ま、て……ッ! やだ、くらッ! ふ、ぁあッ!」  思わず漏れる嬌声。せり上がる快感に腰が引けるのに、中からクラウスの魔力に敏感なところを擦り上げられて、腰が動く。 「むりっ! 無理、だからッ! やめ、くらうっ! あ、あ、やだ!」  レイは涙でぼやける視界で、思わず声を上げた。 「いっしょ、に、いきたい、からぁ!」  ぴたりと、レイを攻め立てていたすべての動きが止まった。やっと落ち着いて息ができると、レイが細かく息をしながらくたりとドアにしなだれる。息を整えながら眼下のクラウスの顔を見ると、呆けたような顔でこちらを見上げていた。 「それが、先にイキたくない理由……か?」  レイは、目を閉じた。――とうとう、言ってしまった。羞恥で死にそうだ。いっそ一思いに殺してくれ。  顔を覆って、レイは悔しさを噛み締めながら呟いた。 「……悪いかよ」  答えるが、クラウスから何の反応も帰ってこない。呆れられたかと恐る恐る顔を覆っていた手をずらしてみると、クラウスもまた、レイと同じように顔を覆っていた。よく分からない反応に、快感の余韻が抜けない体でクラウスに手を伸ばす。 「クラウス?」  呼びかけると、伸ばした手をクラウスが顔を覆っていた手で取られた。隠れていたクラウスの顔が赤く染まっており、レイは余計に訳が分からなかった。恥ずかしいのはこちらなのだが。  クラウスがさっと立ち上がり、レイの肩を掴んで壁を向かせた。レイの中に入っていたクラウスの魔力が抜き取られ、ほっとしたのも束の間、レイの腰回りにそっとクラウスの魔力が巻き付いた。 「わっ!」  腰が縛られ、そっと体が浮き上がる。上半身が固定されているわけではないので、倒れないようにドアにそのまま手を着いた。腰を持たれ、そっと引かれる。まさかとレイが頭だけ振り返ると、クラウスが自身のズボンを開いてレイにあてがおうとしていた。 「こちらの気も知らないで……」  クラウスがそう呟いて、熱い欲望をレイの中へ穿った。ずぶずぶと入ってくる久しぶりの感触に、レイは防音結界が無いことも忘れて声を上げた。視界にちかちかと光が入る。一度の深い挿入で、レイの体は簡単に絶頂を迎えた。結局、クラウスと共に迎えることはできなかった。ひくつく体を固定したくても、床にギリギリつかない足先は空を蹴る。不安定な体勢が余計に平静を装わせてくれない。クラウスが腰を打ちつけるたび、レイは頭を守るようにドアへ手をついた。散々焦らされた敏感な部分を擦られるたびに、レイの意識は飛びそうだった。普段よりも強く腰が揺さぶられ、レイは体勢を保つことだけで精一杯だった。 「待っ……! イった、からぁ!」 「止まれる、はず、ないだろう!」  素直に伝えても、クラウスは更に奥へと進もうとする。深く進まれるたび、レイの魔力は喜んでクラウスに絡みついた。まるでそれを望んで強請るかのように。 「レイ……っ! 出、す」  宣言と共に、クラウスの熱がレイの中へ放たれた。朦朧とする意識の中、高く澄んだ調律音が響いた。久々の調律に、レイの魔力が打ち震えていた。レイの体を包み込むクラウスの魔力も、綺麗に整っているのが分かる。それなのに、まだ静まらないほどに、濃い。  中に入っていたものが引き抜かれ、しゅるりと腰に巻き付いていた魔力が解けると、レイは床に崩れ落ちた。中から零れ太ももを伝うクラウスの熱の感触すら、今のレイには愛撫のように感じる。  立ち上がれない。快楽の余韻に浸り、体に力が入らない。  視界の外で、衣服が落ちる音がした。ふと音がした方へ視線を向けると、クラウスが服を脱いでいた。何故? 今調律は終わったはずなのに。  クラウスが近付いてくる。嫌な予感しかしない。確かにこの見目麗しい獣を煽ったのは自分だが、流石に連続はないだろう。そう高を括っていた。しかしながら、クラウスの視線の熱さは、衰えない。  レイを優しく引っ張り上げ横抱きにすると、ベッドの上へ運びそっとシーツの上に置いた。レイの靴を脱がせながら、クラウスが一言呟いた。 「まさか、あれだけ煽情的に誘っておきながら、終わりとは言わないだろう?」 「いや、しかし、男性機能的には通常しばらくは――」  言い訳を並べたが、クラウスの表情は崩れない。先ほどまでいたドアの前をクラウスが視線で見るよう誘導する。つられて見るが、ドアの前に落ちている自分の衣服とクラウスの衣服しかそこにはない。 「……レイ、イッたという割には、出してないな?」  ハッとして、レイは自身の下半身を見た。快楽に浸り、終わったと思っていたため半勃ちのそれが見える。 「う、嘘じゃ、ない……」 「分かっている。イった時の、中の具合は把握しているから」  クラウスの形のいい唇の端が吊り上がる。 「中で上手にイケたようで何よりだ。次は、こっちだな」  その言葉に、レイの頬はひくついた。次の瞬間、クラウスの魔力がひも状になってひゅるりと伸び、レイの体を絡め足を広げさせる。 「ク、クラウス? これは?」 「ここ一か月で、君が本気を出したら、私は探し出すのに苦労することが分かっているから」  逃げられないように。省略されたはずの言葉がレイには聞こえた気がした。  調律することにより、体の回復は通常よりも早い。だとしても、流石にこう連続で続く行為の回復が、回数を重ねる分早く回復するわけでもない。もう何度熱を吐き出し、吐き出されたか、思い出すこともできないぐらい続く絶頂の波に、レイはすでに二度意識を飛ばしていた。  レイははっと目を覚ました。いつの間にか体は綺麗に洗浄されており、不快感はどこにもなかった。窓を見てもカーテンが引かれていて外は見えないが、隙間から光も差し込んでいないため、まだ夜なのだろう。時計を見るが、眼鏡をしていないため何時かよく分からない。  そして、ふと気が付いた。今起きたということは、気を失ったのは合計三回であるということを。 「ん、起きたのか。案外、早く目覚めたな」  バスローブ姿のクラウスが、ピッチャーを片手にベッドの横に立っていた。ピッチャーからグラスに水を注ぎ、レイに「飲むか?」と聞いてくる。レイは身を起こしてグラスを受け取ると、一気に飲み干した。喘ぎ過ぎたためか、水が流れていく喉がひりついた。そしてその事実に気付き、羞恥の海に沈む。やってしまった。防音結界もないところで、枯れるまで声を上げてしまった。レーヴェンシュタイン家の使用人たちは、どう思っただろうか。もう一緒にお茶なんてできない。  クラウスに空のグラスを手渡すと、レイはシーツを被って丸まった。 「お腹は空いていないか? アルが簡単に摘まめるものを持ってきてくれたが」 「……は?」  思考が複雑な感情に追いつかず、クラウスの言葉にレイはシーツから顔を出してただ一言、そう返した。すると、クラウスは首を傾げながら口を開いた。 「簡単に摘まめるものを――」 「聞き逃したわけじゃない。今何時だ? なんでそんな軽食が用意されている?」  矢継ぎ早にレイが捲し立てると、クラウスはピッチャーを置いて、今度はサイドテーブルの上に置いてあった眼鏡を手に取ると、レイに手渡してきた。 「……まぁ、察したからだろう」  分かりきっていた答えだった。だけど、否定してほしくて一抹の期待を込めた問いだったのに、それは見事に打ち砕かれた。 レイは恐る恐る眼鏡をかけて時計を見る。調律を始めた時間から、すでに6時間が経過していた。 「何か腹に入れた方がいい。夜は、長いからな」  クラウスの言葉に、理解が追い付かなかった。愕然とクラウスを見つめると、天使のような微笑みを向けられる。 「一か月間のお預けだったんだ。明日から三日間、楽しみだな」  理解が追い付かなかったのではなかった。脳が理解を拒んでいる。 「…………む、無理ぃ」  長い沈黙の後、レイはやっとの思いで一言絞り出した。  そのまま寝るという主張は、敢無く却下された。駄々をこねるレイを抱き上げソファまで運び、軽食を口に突っ込まれた。瑞々しい葉物野菜が咀嚼され、シャキシャキと音を奏でる。こんな時でさえきちんと空腹を感じるのだから、自分の神経は本当に図太いのだろうとレイは思った。最初の一口が呼び水となって、食欲が湧いてくる。そういえば、クラウス達に応戦するのに、昼食を取っていなかったことを思い出した。もぐもぐと食べていると、クラウスが微笑みながらレイを見つめてくるので、レイは居たたまれなくなって声をかけた。 「いる?」 「……君の分を欲しくて見ていたわけではない」  苦笑して、クラウスは自身の皿に乗っている小さなサンドイッチを摘まんで口に運んだ。  食べ終えて、食器をティートローリーの上に載せて廊下に出し終えると、クラウスがそっと抱き寄せてきた。クラウスから漏れ出る魔力が、またふわりと濃さを纏ってレイを誘ってくる。この男の性欲は本当に狂ってしまっているのではないだろうか。レイは心配になった。 「寝なくて大丈夫なのか?」  レイがそう言うと、クラウスは少し寂し気にレイの頬にキスを落とし、ぎゅっと抱きしめてきた。 「……寝ている間に、君が消えてしまうのではないかと」  呟くようにそう言われ、レイは深いため息をついた。 「もしかしてだが、俺を疲れさせて熟睡させれば、逃げることができないとでも思っているのか?」  その問いに、クラウスが何も答えないので、レイは図星なのかとあたりをつけた。  夏のためか、部屋の気温調整をする魔法機構が少し涼しく、レイにとってクラウスの腕の中は心地よいあたたかさで、正直このまま眠ってしまいたかった。だが、クラウスをその気にさせてしまうようなことを言ったのも事実で、レイは食後の眠い頭を回転させながら答えた。 「……せめてその前に、寝る支度をさせてくれ。軽くでいいからシャワーも浴びたい」  そう言うと、クラウスの行動は早かった。レイを抱きかかえて寝静まった廊下を音もなく歩き、浴室へ連れて行った。着せられていたバスローブを剥ぎ取られ、熱いシャワーをかけられ、頭からつま先まですっかり洗われる。レイは指先一つ動かさずに、すべてが完了していくのを面白そうに見ていた。 「尽くすことに慣れ過ぎてやいないか?」 「そんなことはない。君に嫌われないように必死だ」  そう思うなら寝るという選択肢を取ってほしい。そう思いながら、全身の泡を流した。シャワーが完了し、タオルで拭き上げながら風魔法で髪を乾かし、洗面台に並びながら二人で歯を磨いた。すっきりした体で、新しいバスローブに袖を通すと、レイは有無を言わさずまた抱きかかえられた。クラウスの顔を何気なく見ていると、調律のおかげか顔色は良い。そっと魔力を流して解析魔法をかけても、クラウスの健康状態は問題なさそうだった。医療魔法だったならもっと詳細に調べられるが、魔力回路の負担が大きい事を今すると、クラウスがどう思うか分からないのでできないのが歯痒い限りだ。  クラウスの部屋まで連れてこられて、大切なものを扱うようにそっとベッドの上に降ろされた。遠隔でドアに施錠魔法をかけると、クラウスはバスローブを脱ぎ始めた。浴室の明るい照明の下より、天蓋の下で見るクラウスの体の方が妙に艶めいて見えるのだから、自分もほとほと毒されてしまっている。 「……頼むから、防音結界をかけてほしい」  そう言うと、クラウスは苦笑しながら防音結界を行使した。 「では、君の甘い声を聞かせてもらえると、期待しようか」

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