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(続)第54.5話 琴瑟相和
結局眠りについたのは、空が白みかけてからだった。仮眠に近い睡眠時間だったが、クラウスそっとレイの額にキスを落とした感触で、レイも目覚めた。
クラウスはすでに身支度を整えていたが、レイは寝間着のまま自室に運ばれてきた朝食を取り、食後のお茶を淹れようとしたところで、ノック音が響いた。ノックの主は執事のアルで、昨日の一件で押収されたレイの荷物が届いたとのことだった。
大量の荷物がクラウスの部屋に運ばれ、レイは困惑した。レイの荷物はトランクケース一個分ぐらいしかないはずだった。包まれた中身を見ると、ホノが使っていたドレスやら靴やら化粧道具が一式入っており、レイは首を振った。
「俺のじゃない……俺の身代わりをしていた子の物だ」
そう伝えても、クラウスの視線は荷物から動かない。何がそんなに気になるのかと視線の先を辿ると、畳まれた多量のドレスだった。険しい顔のまま、クラウスがドレスのうち一着掴んでレイに掲げて見せた。
「……二着ある」
目ざとい、とレイは閉口した。そのドレスはレイも着ていたドレスだった。身代わりとするときには、同じ服装の方が認識阻害魔法が効きやすいため、仕方のない措置だった。
クラウスがドレスを広げ、レイの体に当てる。肩が出るデザインで胸元も緩く、腰のラインが出やすいデザインのミニドレスは、流石のレイでも肌の露出が多いとホノに苦言を呈したものだった。レイが肩をすくめて見せると、クラウスは眉間の皺をより深くしながら、更に続けた。
「こんな……ハレンチな恰好をしたのか」
「いや、流石にこれは一度しか」
「『これは』『一度しか』」
一言ずつ区切って強調するようにクラウスが繰り返し、レイは自分の失言に再び口を閉じた。クラウスの魔力が怒りに震えながらレイの体にまとわりつく。――あぁ、やってしまった。レイは目を閉じた。この嫉妬の塊のような男にも、いつかはバレると思っていたが、最悪の形で露呈した。
クラウスはレイにドレスを押し付けて、他の荷物も開いて検品を始めた。レイはそっと逃げようとしたが、クラウスがひも状の魔力を素早く飛ばして、手首を掴んできた。
「……靴も、鞄も、2セットある。ざっと見たところで、4……いや、5セットか?」
静かな怒りを宿しながら、冷静を装っている声がする。レイはただ黙ってそれを見ていた。クラウスがゆっくりとレイの方に向き直り、その視線が鋭くレイを射抜く。
「この中にあるドレス姿を、誰に見せた?」
クラウスの一言に、レイはただ困惑した。不特定多数が見ていることは分かっているだろうに。
「……基本的に、認識阻害の魔法機構がついたチョーカーを付けていた。『俺が』というのであれば、いな――」
いない。そう言おうとした。――いる。フォルトンの前でチョーカーを外した。気付かずに言い切ってしまえばよかった。気付かないで結果的に吐いてしまった嘘は、どうか罪に問わないでいただきたい。
クラウスの表情が一層険しくなり、レイは素直に白状した。
「……先輩に見つかりました」
「フォルトン氏か」
呟くようにそう言って、クラウスは一瞬、許すか許さないかを検討するように考えたそぶりを見せた。意外にもクラウスがフォルトンを好意的に受け止めていることにレイは驚いた。だが、残念ながらそんなフォルトンが相手だったとしても、どうやらダメだったようだ。クラウスの表情がやはり険しくなった。
「……その恰好で、フォルトン氏を誘惑したのか」
「ユーワク」
その一言に思考が凍りついた。誘惑とは。反芻する。レイは眉間に指を当てて考えてみるが、どういうことなのだろうか。
「すまない。何がどうしてそうなっているのか教えてほしい」
レイはどうにもわからなくて、両手を上げて聞いた。その様子を見て、クラウスは小さくため息をつきながら、
「フォルトン氏を薬で眠らせた時はどうやった?」
と聞いてきた。レイはきょとんとした顔をして、押収品の中からアトマイザーを探し出すと、掲げるようにして見せた。
「油断させて、これを吹きかけた。乾燥エルヴァンローズを使っているから即効性が高く、副作用の悪夢をまるごと消してしまうといつまでも寝てしまうから、別の副作用に置き換えるのに結構苦労して――」
「油断させた方法のことを聞いている」
「あれを誘惑というのはあまりにも不適当だ!」
レイは思わず声を大にして否定した。もしかしてとは思っていたが、まさか本当にそのことを言っているとは思っていなかった。
「ただ『見た』だけだぞ! 視線の誘導・意識の誘導だ! それだけで誘惑と言われたら、俺は目を瞑って歩かなければいけなくなる!」
レイは捲し立てたが、クラウスは諦めたようにため息をついて、近くにあったヒールを掴むと、レイに差し出した。意味が分からなくて瞬きを繰り返していると、クラウスがもう一歩近づいてヒールをレイに突き出した。
「……待て、まさか、着ろと言っているわけじゃ――」
「着てみてくれ。それで判断する」
クラウスの一言に、レイは血の気が引いた。
「……いや、先輩には、ドレスで詰め寄ったりしてない」
「詰め寄りはしたんだな?」
間髪入れずにそう言われて、レイは降参した。不本意ながらヒールを受け取り、ため息を一つ吐いて、寝間着のボタンに指をかけた。
渡されたミニドレスは腰回りはタイトだが、膝より少し上の丈までしかない裾はふわりとしている。正直一人で着るのも大変だ。これを世の女性は一人で着ているのかと思うと、脱帽しかない。
ぎこちなく被るようにミニドレスを着ると、レイはソファに腰かけてヒールを履いた。まるで背伸びを強制しているようなそれを履くと、ソファから腰を上げるのも一苦労になる。よろけながらなんとか立ち上がると、クラウスが姿鏡を持ってきた。
映る自分を見ながら、レイはため息をつく。貧相な体をこんなに露出して、滑稽すぎて何やってんだかという気持ちにしかならない。
レイは腕組をしながら、クラウスを見た。姿鏡の隣でクラウスがじっとこちらを見ているが、その瞳は何を考えているのか全く読み取れない。恋人に醜態をさらしているという事実だけが、レイの中に残る。
「笑っていいぞ」
レイが自嘲気味にそう言うが、クラウスはただ黙してこちらを見つめるだけで、何の反応を返さない。久しぶりに見る鉄仮面ぶりに、困惑しながらレイがクラウスに近寄った。ヒールが床を叩く音が響き、いつもと違う角度でクラウスの顔を見上げる。
「……クラウス?」
心配で頬に手を伸ばすが、クラウスの表情は一向に変わらない。触れるクラウスの魔力は、感情に蓋をしようとざわざわとしている。
「幻滅したか?」
「違う」
間髪入れずに入る否定と共に、クラウスはしっかりとレイを抱きしめた。下腹部に触れる熱い硬さに、レイは体は反射的に震えた。
「君はもう少し、自分の魅力を自覚してほしい。あの男が君に劣情を抱いた理由がよく分かった」
「れ、劣情? いったい何の――」
言い終わるのを待たずに、クラウスはレイの腰を持ち上げ、そのままベッドへ運んだ。倒れ込むように二人でシーツに沈み込んで、クラウスはレイの首筋に噛みついた。苦悶の表情を浮かべながら、小さく悲鳴を上げるレイの両手を掴んで頭上で押さえ込み、薄いドレスの生地の上をもう片方の手が這いまわる。
「もし、薬を使えなかったら、どこまでするつもりだった?」
「どこまでもなにも」
「キスはされていただろうな。顎を掴まれたんだろう?」
そう言うとクラウスはレイの口を唇で塞ぎ、舌を割り入れてきた。無遠慮に口内を嘗め回し、舌を吸われ痛みに呻く。優しさを一切感じないその行為に、レイは少し恐怖した。
「手を使えなかったら、何もできなかっただろう。そのまま犯されていたとしても、君は仕方ないと言えたか? 任務だからと?」
クラウスの一言が、レイに重くのしかかる。
「私以外の手が、君に触れたというだけで狂いそうなのに、その危機感の無さは、どうやったら矯正できる?」
苦しそうな藍色の目が、レイの瞳に問い質す。その視線に、息が止まりそうだった。
「このまま私に乱暴に犯されれば分かってもらえるか?」
「クラウス、すまない。すまなかった。そんなこと、しなくていい。させたくない」
どれだけ嫉妬に狂おうが、この男がレイに触れるときは、多少強引でも全て優しく甘かった。それが、先ほどのキスは違う。ただの凶暴性を秘めた獣のようだった。乱暴な口付けだけでも苦しげに顔を歪める優しい男に、そんな罪深いことをさせるわけにいかなかった。
「弱くてごめんな。いや、強くなっても、もうこんなことしないよ。誓う」
そう言うと、自分を見下ろすクラウスがやっとほっとしたような顔をした。レイの両手を解放し、噛みついた首筋にそっと優しく唇を落とすクラウスの頭を撫でながら、レイはいまだに下腹部に当たって主張するクラウスの存在に、うーんと首を傾げながら茶化すように言った。
「……クラウスの前以外では、と付け加えた方がいいのか?」
腰を少し動かし、クラウスの熱を帯びた下半身をわざと刺激すると、クラウスは反射的に腰を引き、レイの胸元に顔を埋めた。その反応に、レイは思わず噛み締めて笑った。クラウスが悔しそうに顔を上げて、レイを恥ずかしそうに睨みつける。
「本当に反省しているのか?」
「反省はしている。心配かけるようなことはもうしない。でも、分かってくれ。俺が本当に誘惑しようとするなら、それはお前だけだから」
レイは微笑んでクラウスの服を掴むと、全身の力を使ってレイの上にいるクラウスを横に転がした。こちらの意図を組んでか、そのままクラウスがレイの隣に転がると、レイはそのままクラウスの腰の上に跨った。クラウスの手を取って、短いスカートの裾から伸びる自身の足へと導いた。
「クラウスって、実は足派? 俺胸ないし」
その言葉に、クラウスの顔が真っ赤に染まる。
「あ、図星?」
「違う!」
すぐさま入る否定にも、レイは笑わずにはいられなかった。クラウスが諦めたように羞恥に顔を歪めながら、レイを見つめる。
「……君の全身、刺激が強すぎる」
ぽつりと呟くその一言に、今度はレイの首筋から熱さが顔に上がった。嬉しさと恥ずかしさを隠したくて、レイはそのまま腰をこすりつけた。びくりと跳ねて反応するクラウスを見下ろしながら、レイはにやりと笑ってみせた。それを見て、クラウスも不敵に笑う。
「そういうつもりなら、こちらも」
クラウスが腰を下から小さく突き上げる。こすれ合う二人の芯に、互いの魔力が同時に漏れ始めた。
レイは少し腰を上げて自ら下着を脱ぎ、クラウスもまたズボンを下ろした。そのままレイが腰を下ろすと、スカートが二人の大事な部分を覆い隠した。擦れ合い、互いが勃ち上がるまでそう時間はかからなかった。二人の息が上がり始め、耐え切れなくなったクラウスの指がそっとレイの後ろに回った。挿入される感触に、思わずレイの熱い吐息が漏れる。
「……まだ、柔らかいな」
「昨日散々挿れてたやつが言う台詞か?」
クラウスの一言に、レイがあがる息を抑えながら応えると、腰を少し浮かせた。スカートの中に隠れたクラウスの先端を当てがって、ゆっくりと腰を下ろす。じわじわと入ってくる感覚に思わず腰が引けるが、レイは声を押し殺しながら腰を下ろし続けた。もどかしい感覚に震えながら、クラウスは素早く防音結界を張ると、レイは少しほっとした表情を浮かべた。その瞬間、クラウスの腰がゆっくりと持ち上がる。
レイは猫のような嬌声を上げた。足が震えて、体が仰け反る。それをクラウスが美味しそうに見ていた。
「レイは、かわいいな」
噛み締めるようにクラウスが呟き、レイはそれを悔しそうに見つめた。そんな反応すらクラウスには美味しくて、愛おしそうにレイを見る。その表情を見て、レイもくすりと笑った。
甘い声を漏らしながら、レイが自ら腰を上下させる。
「気持ち、いいか?」
「あぁ、すごく。頑張るレイを見るのも好きだが、手伝ってもいいか?」
「は、はは……どう、しようかな」
上がる息を抑えながら、レイは余裕なくそう言うが、余裕そうなクラウスの顔はこのままじゃ歪みそうにない。レイは仕方なく、「うん」と小さく頷いた。
クラウスの手がレイの腰に伸びる。タイトなドレスの腰を持ち、そのままゆっくりと下に降ろす。根元までしっかりと咥え込み、レイは声にならない声を上げた。
「ぁ、ふ、か……っ!」
気持ち良さと苦しさの混じった声をやっとの思いで絞り出す。クラウスの腰がくんっと突き上がると、レイは再び高い嬌声を上げた。そのまま何度も何度も突き上げられ、その度にレイは体をくねらせる。思わずベッドに手を着いて体を支えるが、それですらまっすぐ体勢を保つこともままならない。
「イイ顔だ、レイ」
上がる息を抑えながら、クラウスがそう呟くのが聞こえる。文句の一つも言ってやりたいのに、レイの口から漏れるのは嬌声だけだった。耐え切れなくなり、くたりとレイがクラウスの胸元へ上体を預けると、中からずぷりとクラウスの先端が引き抜かれた。そのままレイをしっかりと抱きしめ、クラウスはくるりと反転した。上下が逆転して、レイの頭がベッドに沈む。蕩けた表情のレイを見降ろしながら、クラウスがレイの中へ再び挿入を開始する。
あがる嬌声を浴びながら、クラウスはレイの両足を肩に担ぐと全身を使って挿入する。一気に奥まで挿れると、レイの爪先はピンと天に向かって伸びた。
「あ、あ、おっき、い! む、りっ……くら、こわ、れっ……!」
「気持ちいい、あぁ、気持ちいいよ、レイ」
何度も腰を打ち付けながら、クラウスが語り掛ける。
「レイは? 気持ちいい、か? レイ、レイ?」
嬌声を上げ続けるレイに、答えてほしくて、クラウスは何度も問いかける。レイの眉が寄って、閉じられていた瞳がうっすらと開かれた。
「ッ!……ぅっ、あ! きも、ち、イイ! ンッ! きもち、イイ! からぁ! 聞く、なぁ!」
レイの声に、昂ってぞくぞくと痺れあがる気持ちを、ぐっと奥に押し込みながらクラウスはレイの唇を奪った。口内に響くレイの甘い声に、更に気持ちが高揚する。
「レイ、受け止め、て、くれ、全部っ!」
レイの中に注がれる熱に、レイは体を仰け反らせた。その衝撃にレイ自身も絶頂を迎え、ドレスを熱く濡らした。互いの魔力が、境界が分からないぐらい混ざり合い、螺旋を描いて二人の周りをぐるりと囲んだ。花が開くように二人の魔力が解けると同時に、幸せな調律音が響く。レイは、幸福感に浸りながら脱力した。クラウスの両肩から足を下ろし、ゆっくり息を整える。
寝不足も相まって、疲労によりレイはそのまま目を閉じようとした。クラウスが、レイの首筋にキスを落とし、そのまま下へ唇を這わせ、ドレス越しに胸の先端で留まらなければ、レイはそのまま眠っていただろう。
――放っておけばいつまでも湧き出るこの男の性欲に、レイはとうとうキレた。
「~~いい加減、寝ろッ!」
レイはポケットからさっとアトマイザーを取り出すと、自身の口を覆ってクラウスの顔めがけて噴射した。一瞬驚いたように見開かれたクラウスの瞳は、次の瞬間には閉じられ、レイの上に崩れ落ちた。
重いクラウスの体を横に転がし、お互いの体に洗浄魔法をかける。クラウスには悪いが、腹の奥に残るクラウスの熱も、洗浄魔法で取り除かせてもらった。
クラウスのシャツのボタンを緩め、レイはベッドから降りてドレスを脱ぐと、先ほどまで着ていた寝間着に再び袖を通し、クラウスの横に寝転がった。
「……おやすみ」
隣で魔法を使用しても起きられないぐらい深い眠りに落とされたクラウスの頬にキスを落として、レイはクラウスに抱き着いて目を閉じた。
レイにとって、過去一番心安らかに眠れた時間だったかもしれない。
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