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第3話 テーブルを囲む
「さて、食事にしようか」
仕事がひと段落したのか、アヴァールが離れにやって来る。自分の所有している建物とはいえ、中に人がいることを考えればあまりに不躾ではなかろうか、とヴェルシュは思った。
「はぁ…俺はまだ精神の整理もできていないというのに、無遠慮な男だな」
「ははは!まあそう言うな、初めて共にする食事ではないか」
そんなヴェルシュとは裏腹に、アヴァールは大きく笑いながらテーブルにつく。ヴェルシュも渋々向かいに座れば、使いの者たちが料理を運んできた。
まずは食前のハーブ酒に、にんじんのポタージュ。しかしアヴァールの座る席を見れば、麦酒にパン、順番など飛ばしてすでに牛フィレ肉のソテーが並んでいた。
「お前…そんな食べ方をするから身体をやったんじゃないのか」
ヴェルシュの生まれ故郷では、肉はあまり好まれなかった。食べたとしても、鶏肉などのあっさりとしたもの、味付けは薄く、が基本。ヴェルシュはこの国を好んで住んでいたが、それにしたって、最近は胃がもたれることが多くなったものだと頭を悩ませていた。
「いいや?私はこれでいいんだ。私はね、命が尽きるまで酒を飲み、己の好むものを食べたいんだよ」
どうやらこの男と食の趣味は合わなさそうだ、とヴェルシュは感じた。アヴァールは麦酒の入ったグラスを高く掲げ、
「君が此処へ来てくれたことに──乾杯」
そう言うと、グラスの中の酒をグビリと一息に飲み干した。
空きっ腹に酒はよくないんじゃないのか、しかもそんな量を一気に、などと言いたいことは募っていくが、今は一番に浮かんだ皮肉だけを口にすることにした。
「来てくれた、ねえ。お前が俺を買ったから此処にいる。それだけだと言うのに、まるで俺が望んで此処にいるようだな」
「ああ、そんなことが気になっていたのか」
そんなこと──そんなこと?自分は自由を奪われた身であるのにも関わらず、こいつは"そんなこと"で済ませるのか。
ヴェルシュは食前酒にもポタージュにも口をつけない。ただ、苦虫を噛み潰したような顔をしてアヴァールのことを見つめていた。
「街で見かけた君が美しかった。君は奴隷ではないと知っていたけれど、商人に聞けば俺になら売ってもいいと言うじゃないか。だから買った、それだけだ」
ヴェルシュはまだアヴァールを睨んでいたが、疲れたのか次第にその瞳は諦観の色へと変わり、力をなくした。
あの雇い主のことだ、金に目が眩んだんだろうと無理矢理自分を納得させながら、やっと食前酒に口をつける。目を伏せながら口に含めば、ふわりと鼻に抜けるハーブの香りはどこか懐かしく、ささくれ立ったヴェルシュの心を撫でていくようだった。
「いい香りだろう。ハーブ酒はあまり得意ではないが…それだけは好きなんだ」
食前酒の小さなグラスが空になったのを見て、アヴァールが小さく声をかける。それは独り言のような、夢でも見ているかのような声音で、もう酔っていると言われても信じてしまうほどだった。
「…そこばかり趣味が合うのも腹立たしいな。俺は酒を好まないが、ハーブ酒は飲めるとなぜ知っている?」
会話を重ねれば重ねるほどに、疑いの気持ちは深まっていく。
ヴェルシュがアヴァールにそう問いかけると、アヴァールは右手を挙げる。すると使用人がぶどう酒とグラスを手にやってきて、アヴァールに酒を注いだ。
「なぜかと、聞いているんだが」
「なぜ?エルフの好むものを調べたからに決まっているだろう」
言い終えたが早いか、アヴァールはぶどう酒に口をつけ始めた。
調べたとはいえ、ひとくちにエルフと言っても好みは千差万別である。加えて長命種であるがため、数百年単位で好きなものが変わる物好きもいる。やはり疑問は、解決しなかった。
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