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第8話 不安と怒り

「ヴェルシュ様、朝食の準備が整いました」 ヴェルシュの身支度が使用人によって整えられた頃。また別の使用人が、部屋の扉をノックした。 「ありがとう、今行くよ。─あなたも、世話になった」 ヴェルシュは扉に向けてそう応えると、身支度をしていた使用人にも礼を告げる。アヴァールが用意した服の裾をひらめかせながら特に違和感がないことを確認すると、足早に食卓へと向かった。 テーブルにつけば、先に座っているはずのアヴァールの姿がない。それでも手元にはパンやスープが運ばれてくるその異様さに、ヴェルシュは混乱していた。 「君、すまない。アヴァールはどうしたんだ?食事は共に、と言っていたはずだが」 「あぁ…伝えるのが遅くなってしまい、申し訳ありません。朝からお客様がお待ちだったようで、現在対応している為来られない、とのことでした」 ヴェルシュは人間と永くを共にしてきた。その為、嘘をついているかどうかくらいはすぐに判断できる目が養われていた。 この使用人は──嘘を、吐いている。 「客人の対応か。それなら仕方がない、と俺が言うとあいつは思っているのか。愚かしいにも程がある」 ヴェルシュは、確信こそはないものの薄々気付いていた。アヴァールが幾重にも嘘を吐いていること、そして何かを隠していることに。 「今朝方からあいつは様子がおかしかった。本当に客人か?それとも──アヴァールに"そう言え"と命令されているのか?」 「いえ、その…ヴェルシュ様にそう伝えるようにと言われておりまして」 じ、と使用人の瞳を見つめる。その目は動揺に揺れており、恐らくは真実を知らないようであった。しかしこの使用人を責めても仕方がないことではある。 「はぁ…分かった。昼には必ず来いと伝えてくれ」 ──そして。昼にも、彼は現れなかった。 「君、どういうことだ」 「どういうこと、と言われましても」 昼食を並べる使用人に問いかける。彼女もまた動揺しているようで、すぐに仕事に戻っていった。ヴェルシュはまた別の使用人に声をかける。 「そこの君、ここから出して俺を本屋敷へ連れて行ってはくれないか。アヴァールが来ないので叱り飛ばしてやりたくてな」 ヴェルシュの声に怒りが滲む。使用人は困ったような顔をすると、申し訳なさそうに口を開いた。 「それは、アヴァール様の許可がなければいけません」 「アヴァールの許可?そんなものすぐに取れるだろうに」 「ですが…」 「もういい、昼食は結構だ」 アヴァールはそのまま席を立つと、閨へと歩みを進めた。 本棚に手をかけ、昨夜読み聞かせた本を手に取る。 「──いや…まさか、な」

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