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第10話 朝、愛しいエルフと

ヴェルシュの隣で眠る。 背を向けられているとしても、これ以上ない幸福だと私は感じていた。 ──ヴェルシュ、愛しい私だけのエルフよ。どうか君は、崇高なままで。 そう願わずにはいられなかった。 しかし、終わりの足音がすぐそこまで近づいている事も私は理解していた。 薄い布団に包まれた己の体がほんのりと熱を帯び始める。完全な眠りにつく前にそれは火照りへと変わり、私の目を覚まさせるには十分だった。次第に頭も重くなる、響くような痛みは私に眠りを許さない。 あぁ、また今夜も苦しめられるのか。 精神的な幸せと肉体の健康とは必ずしもイコールで繋がるわけではない。私の身体は、予想より早く──そして確実に、蝕まれていた。 隣で眠るヴェルシュを見る。彼は穏やかな寝息と共に身体を僅かに上下させており、恐らく今晩はもう起きないだろうと予感した。 あまり布団を動かさないように、こっそりとベッドを抜け出す。そして隠し持っていた薬を取り出すと、サイドテーブルのレモン水で流し込んだ。 酷い味だが、ヴェルシュと共に過ごす為だと思えば何だって飲み下せる。 ───たとえ、本心だって。 そんなことを考えながら、もう一度ベッドに横になる。 薬の作用は、強くなればなるほどに即効性も高くなる。私がそのような強い薬を手にするのは容易な話であったが、しかしそれだけ、私の病が進行している事も示していた。 いくらか調子がましになったと感じつつ、また目を閉じる。 彼の声で一番好きな御伽噺を聞いたこの夜が、どうか私にとっても穏やかで在らんことを──。 気が付けば、朝になっていた。まだ早い時間帯ではあるが、どうやら浅い眠りには就けたらしい。もう少し身体を横たえていたい、と目を閉じていれば、先に起きていたのであろうヴェルシュが何か独り言を言っているのが聞こえた。 「俺に殺されてもおかしくないというのに…あどけない顔だな」 「ヴェルシュ、君はそんなことを考えるのかい?」 驚かせる気はなかったが、ぱちりと目を開けてみる。するとヴェルシュは何かしようとしていた手を素早く引っ込めた。 「アヴァール…お前、いつから起きていた?」 「さて、いつからだろうね」 軽口で応えながら上体を起こし、伸びをして、昨夜より体調が優れていることを確認する。まだ、まだ大丈夫だ。 「ふう、おはようヴェルシュ。今朝の気分はどうかな?」 「最悪だ、お前のせいでな」 ヴェルシュが不機嫌そうに眉根を寄せる。その様すら愛おしく、思わず口から笑いが漏れてしまった。恐らく彼はそれすら好ましく思っていないのだろうが、などと考えながらベッドから降りる。 「君の機嫌を左右できて何よりだよ。…さて、私は朝の支度がある。屋敷へ戻るよ」 「お前、まさか寝間着のまま外へ出るわけではないだろうな」 「なぁに私の屋敷さ、寝間着で屋敷まで戻って何が悪い?文句をつけられる者もおるまいよ。…しかしこのままでは、確かに君が目のやり場に困ってしまうな」 とは言ったものの、肌蹴てはいるがこのような服もある。それどころか私は好んで着ている。まあ問題ないだろう、と思っていれば、ヴェルシュが私に歩み寄った。 「はあ…傲慢なのはいいが、だらしがなさすぎるのもどうかと思うぞ」 そう言って腰紐に手をかけると、手早く解いて寝間着を着直させる。 ──あぁ。こういう世話焼きなところも変わっていないな。 そう感じながらその様を見つめる。腰紐を結び終わると、今度は出入り口へと促された。 「早く行ってこい。俺は腹が減った、お前が行かねば使用人たちも困るだろう」 違うだろう、本当は、世話を焼かなければ気が済まないと気付かれるのが照れ臭いんだろう? そう思っていても、決して口には出さない。しかしこの一瞬一瞬の幸せに、口元はどうしても緩んでしまう。 「分かった、わかったよ。急ぎ身支度をして朝食を用意させるから、待っていてくれ。私もすぐに来るよ」 誤魔化すように顔の横でひらひらと手を振る。 さて、今日はどんな話をしてくれるだろうか。 そんなことを考えながら、私は屋敷へと歩みを進めた。

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