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第13話 穏やかな眠りを

アヴァールが目を覚ますと、そこは見慣れた部屋だった。昨晩を過ごした離れではない、いつもの寝室。側近も使用人も側には居なかった。熱っぽい身体は泥のように重く、ベッドに沈んでいることしかできない。 「──ヴェルシュに、ばれてしまっただろうか」 「当然だろう」 突然響く凛とした声。その方を向けば、ヴェルシュが本を読みながら佇んでいた。彼はアヴァールを責めるでもなく、ただ静かに続けた。 「喋るのも辛いだろうが、一つだけ聞きたいことがあってな。お前の側近に無理を言って二人にしてもらった」 「ということは、私が起きるまで待っていてくれたのかい?情熱的だな」 「病に臥せてもよく回る口だな。……何故、黙っていた?」 ヴェルシュは彼のいつも通りの軽口に、今だけは本当に腹を立てた。彼はあんなにも苦しみ、現在も息を荒くしているにも関わらず、相変わらずはぐらかそうとしてくる。本当に隠そうとしているということが分かっているだけに、悔しくて堪らなかった。 「君に言ってしまえば──ヴェルシュ、君は私に献身的になるだろう。だから黙っていた。私はね、君と対等でいたかったんだよ」 二人の間を沈黙が泳ぐ。ヴェルシュはその言葉に嘘がないと分かれば、何も言うことができなかった。 対等でありたい──それはかつて自分が人間と共に過ごしていた頃、何より心に置いておいた言葉だったからだ。そう願い朽ちていく人間の姿を、ヴェルシュは何度も見てきた。そして、その前に姿が見えなくなった者も一人だけいた。その事実が、人間の願いが、ヴェルシュの心を締め付けるのだ。 「確かに、お前がそこまで冒されていると分かっていれば、私はこのようなことは言わなかっただろうし今より幾分か優しくできただろう。俺たちと違い、人間は脆弱だからな」 「だろう?私はそれを望まなかったんだよ。そのままの君と話がしたかったから」 そこまで聞くと、ヴェルシュがアヴァールのベッドへと歩み寄ってくる。そしてアヴァールの熱のこもった手をヴェルシュの冷たい手が包み込んだ。その体温の心地よさに、思わずアヴァールはまた目を閉じる。 「人間は皆そう言う。俺たちと対等でありたい、と。やはり肉と酒がそうさせるのか?」 ふ、とヴェルシュが優しい笑みを見せる。しかし目を閉じたアヴァールには見えていない。だからこそ、彼は笑うのだ。 ──かつて共に生きた人間と同じ願いを持つものよ、今夜はどうか安らかな眠りを。 アヴァールの返答がない事を確認すると、ヴェルシュはそっと手を離して静かに寝室を後にした。

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