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第15話 お前は─…

その朝、アヴァールは離れの食卓に現れた。 しかし体調は万全では無いのだろう、目の前には柔らかいパン粥が置かれている。アヴァールはそれに決して手をつけない。 「おい…食べないのか」 フォークの先で野菜とゆで卵を刺しながらヴェルシュが問いかける。アヴァールは不機嫌そうな表情をすると、首を左右に振った。 「朝からパン粥?いかにも病人扱いじゃないか……言っただろう?私はね、死ぬまで肉と酒を楽しみたいんだよ。朝なんかは……そうだな、ラクダ肉でもいいね」 すると右手を挙げて使用人を呼ぶ。ラクダ肉が食べたい、いけませんアヴァール様、と二人の応酬の中、ヴェルシュは食事を終えるとゆっくり立ち上がった。 「あまり気遣いを無駄にするな。それと──今日、楓の世話に行ってもいいか?」 二人の問答を押し切って問いかけると、アヴァールはヴェルシュの瞳をじっと見つめた後に頷いた。 「もちろんだとも。私も着いて行こうか?」 「お前はいい、馬車の手配だけして休んでいろ」 ヴェルシュはそれだけ言い残し、階段を登って自室へと向かった。 馬車の迎えが来たのはそれから三十分程経ってからだった。ヴェルシュはすでに身支度を終えており、自宅に手入れの道具も置いて来たため何も持たずに馬車に乗り込んだ。──その無骨な首輪以外は。 道中、一昨日のことを思い出す。 仕事中に突然首輪をかけられたかと思えば、国一番の金持ちの邸宅へ連れて来られた。身勝手で横暴な人間が主人となり、嫌悪感を覚えたことはまだ記憶に新しい。それでも、何処か「出会えたこと」への安堵にも似た気持ちはあった。 「…あれは一体、なんだったのか…?」 確かめなければ。そう思っているうちに、馬車は静かに───ヴェルシュの、かつての自宅へと辿り着いた。 家を空けていた期間はそう長くは無いため、部屋に変わった様子などは無い。ただ買い込んでいた野菜たちが少し傷んでいたくらいだろうか。芽の出かけたじゃがいもを手にしながら、シェフならこれくらい美味くしてくれるだろうと考えた。 野菜をひとまとめにし、家に鍵をかけて庭に出る。そこには、立派な楓の木が聳え立っていた。まだ色づく前の青々とした葉を揺らす様はヴェルシュを歓迎しているようにも見えた。 「まあ、大きな世話を焼く必要も、もう無いのだがな…」 その木の根元を見る。まだ雑草などは生えておらず、葉もあまり落ちていない。ヴェルシュは野菜と手入れ道具をそこに置くと、傍に腰掛けた。 「随分と大きくなっただろう?───アヴァール」 ヴェルシュの視線の先には、確かに、アヴァールが立っていた。 「───やっぱり、気付いていたんだね」 そう言ってアヴァールが困ったように笑うと、ヴェルシュは自分の隣を差示す。説明するまでもなく、座れということなんだろうと理解すると、アヴァールはヴェルシュの隣に腰掛けた。 シンプルな馬車が二つ、目の前に並んでいた。 「あぁ…気付いてしまった、どうしてもな。お前も思い出して欲しかったんだろう」 「いいや?……なんてね、嘘だよ。気付いて欲しくて仕方がなかったさ」 ヴェルシュが首の金属の塊を撫でる。そこに彫られた楓の葉の意匠からは、アヴァールの想いがひしひしと伝わってくるようだとヴェルシュは思った。 「生まれ変わって、きたのか。わざわざ人間に、そしてこの国に」 「それはね、僥倖だったんだよ。───ヴェルシュ、聞いてくれるかい?私が君とまた出会うまで、何をしていたのか」

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