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第16話 アヴァールの願い

君と離れたのが、丁度五十年程前のことだね。 忘れないでくれと願いながら楓を二人で植えた日は、昨日のことのように思い出せるさ!…もちろん、その時の感情もね。 ヴェルシュ、君は命の灯火が消えかけた私──いや、俺がいなくなった時、どんな気持ちだった? 俺はね…これでいいと思っていたんだ。あの御伽噺の花のように、美しい俺だけを覚えていてほしかったから。 それでもすぐに後悔した。『醜く枯れゆく姿』を見せながらでも、ヴェルシュと一緒にいればよかった…と、ね。日に日に虚無感は増し、己の無力を恨む他なかったよ。 俺の身体がもっと強かったら、また君のところに戻れたかもしれないのに───そんなことを思っている間に俺の命の灯火は消えてしまった。 次に目が覚めた時、俺は名もなき草になっていた。生い茂り、心地良い風に吹かれる生活も悪くはなかったよ。でもすぐに君のことを思い出した。そして、また側に行きたいと強く思った。その間に俺は牛に食われ──。 次は花になっていた。虫にもなった。野良犬にもなったさ。 野良犬なんてのはね、生きることに必死なのに考える時間は山ほどある。だからずっとずっと想っていたさ、ヴェルシュのことをね。早く人間に──できれば、君と同じ長命の種として生まれ変わりたいと、願わない日はなかったよ。 そして、その日は訪れた。 人間になれたんだ。まだ幼い時は何も分からなかったけれど…歳を重ねるごとに、自分の中にもう一人の自分がいる気がしてきてね。 何度も何度も夢に見た美しいエルフの姿に、恋焦がれる自分。 それが私の前世なのだと確信したのは──ヴェルシュ、君に初めて出会った時だよ。 幼い私は父の仕事に着いてまわっていてね。ある日とある奴隷商の元を訪れたんだ、新しい使用人が欲しい、と。君は、長くそこで働いていただろう? ひと目見た瞬間分かった。あの美しいエルフと私は、かつて共にいたのだと。 それからの私の努力といえば、涙ぐましいものがあったさ。若くして父が亡くなり跡を継いでからというもの、私は財産を大きくすることに努めた。エルフ一人を購入しても家が揺らがないほどの、一代の富を築き上げたんだ。 エルフの価値くらい、自分でも分かっているだろう? しかし……その時にはもう遅かった。私の体はもう、蝕まれ始めていたんだ。 急いで君を買った。どうしても側にいてほしかったんだ…手荒な真似をしてすまなかった。 ただね、私はこうも思うよ。 今でよかった。かつての私の、俺の願いがやっと果たされるんだ。 ヴェルシュ、頼みがある。 私は君より先に逝く。それだけは揺るがぬ事実だ。だからその時、君が望むなら自由に、羽ばたいていけばいい。 だから───私の命が解け落ちるその瞬間まで、側にいてくれないか。

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