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第19話 軽食を共に

「待たせたな、夕飯前の軽食だ」 お前がそう望んだようだからな、と言いつつヴェルシュはベッドの傍にある椅子に腰掛ける。そして側近からトレーを受け取ると、一つはサイドテーブル、一つは己の膝の上に置いた。 「軽食を、とは言ったが…いつも君が食べているようなものばかりだな」 「俺が作ったのだから当たり前だろう」 アヴァールはその言葉を聞くと、一瞬何が起こったのか分からないと言うような顔でヴェルシュを見る。当のヴェルシュはあっけらかんとしており、それ以上は何も言う気はないようだった。 「ヴェルシュが、料理を…」 「そうだが」 トレーの上のカップに入っているのはおそらく野菜か魚のポタージュだろう。皿に乗ったサンドイッチの断面はトマトの鮮やかな赤とレタスの緑が覗くばかりで、ハムやソーセージといった肉類は見当たらない。ティーカップからは優しいハーブが香り、ヴェルシュが作ったのだと言われたら納得の内容だった。 「ステーキサンドが食べたかった」 「五月蝿い、生き伸ばすためだ」 「だから私は、死ぬまで好物を好きなだけ口にしたいと──」 あれほど言っただろう、と言いかけて言葉を飲み込む。ヴェルシュが俯き、その拳を震わせる様に、アヴァールは黙りこくるしかなかった。 「……お前に生きていて欲しい、と…そう思って、何が悪いんだ…」 呟くように、ヴェルシュが零す。 ヴェルシュの願いを、祈りを、自分が壊してしまったのようにアヴァールは感じた。 そしてただ、ティーカップを手にするとハーブティーを一口飲む。 「これはヴェルシュの家の庭に生っているハーブだろう、よく覚えている。採ってきてくれたのか…ありがとう」 「覚えて、いるのか」 「もちろんだとも。私は何だって覚えているさ!幼い時、熱を出した私に淹れてくれたじゃないか。私は君のように忘れん坊ではないからね」 「俺だって忘れてはいない、雨の中遊びに出て風邪を引いたくせに」 「まあまあ、そんな80年も昔のことではないか」 そう言うとティーカップをソーサーに戻し、今度はスープにスプーンを沈めた。そっと掬い、口に含むと味わうように目を閉じ、頷く。 「ふむ、白身魚のポタージュか。これは……味が薄いな!さすがヴェルシュが作っただけある」 豪快に笑いながら言う様にヴェルシュが眉を下げると、アヴァールはベッドからその手を伸ばしてヴェルシュの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「お前…俺の頭にそうやって触れる癖、やめろと昔から言っている」 「ヴェルシュが悲しそうな顔をするのが悪いんだろう?不味いなんて思ってない、君が作ったものなら何より美味いよ」 まあ好物は肉だがね、と機嫌良さそうに言いながら、アヴァールはまた次の一口を口へ運ぶ。なんと幸せな時間かと、アヴァールの心は温もりに満ち満ちていた。

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