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第20話 共に過ごすということ

【※普段より長くなっておりますが、二人にとってとても大切な時間になっています。どうかそのままお読みください】 二人が食べ終えた食器を、側近が肉球のある手で器用に片付けていく。 「嗚呼──君の料理は美味かったよ」 「そうか」 「感謝の言葉もないのかい?」 「俺がやりたくてやっただけだからな、そんなことを述べる謂れはない」 しかしヴェルシュはどこか安堵した様子で目を伏せている。色素の薄いまつ毛が陽の光を浴びて輝く様が、あの頃と変わらず美しい、とアヴァールは思った。 数秒の沈黙の後、す、とヴェルシュが立ち上がる。 「お前は仕事の確認作業があるのだろう。俺は離れで本を読む」 「どうして。ここで読んだっていいじゃないか」 「アヴァール、お前のわがままで人を振り回すのも大概にしろ。やっと離れに慣れてきたところだというのに」 ───そんな会話をした二十分後。 ヴェルシュはいつかのように、いや以前よりもアヴァールの近くで、ゆったりと本を読んでいた。 「君、離れで本を読むんじゃなかったのか?」 「気分転換というやつだ、人間もやるだろう」 アヴァールはその様子に首を捻りながらも、書類確認の仕事に勤しんだ。 その反面で、ヴェルシュにはもう分かっていた。アヴァールに残された時間が少ないこと。強がりを言いながらでも時間を作らなければ、共にはいられないことに。 「あぁそうだ、君!もう少ししたら夕飯を頼むよ、今日はステーキにしてくれ。もちろんレアでね」 書類を持って出ようとした使用人を呼び止め、アヴァールが告げる。彼女がこくりと頷き、シェフに伝えようと外に出た時、ヴェルシュも同時に部屋の外へと出て行った。 「……ヴェルシュは、一体どうしたんだ…?」 そして日は暮れ、相変わらず本を読むヴェルシュと仕事を終え横になっているアヴァールが並ぶ部屋に、ノックの音が響く。 「夕飯をお持ちしました」 使用人の竜人の声だった。アヴァールが入れ、と一声かければ扉が開く。トレーの二つ乗ったカートを押しながら入って来ると、一つはヴェルシュへ手渡し、もう一つはサイドテーブルへ置いた。 トレーの内容は二つとも同じで、上にはパンとスープ、心ばかりのハーブ酒、そして───ステーキが、半分ずつ。 アヴァールが彼を叱りつけようと口を開きかけるが、それをヴェルシュが制する。 彼は何も言わず、ただ恭しく頭を下げるとそっと去っていった。 「…君、私と同じものを食べるようになったのか」 「そうだが」 「それを望むと肉が半分になってしまうくらい、この家は傾いているのか?」 アヴァールの不服そうな顔をヴェルシュは見逃さない。そして、すう、と音が聞こえるほど空気を肺に入れると、大きなため息をついた。 「そんなわけないと知って言っているな?私が半分にしろと言った」 「なぜそんなことを言うんだ、私は─」 「お前が死んだとして、涙を流す奴がどれほどいると思う?」 遮るようにして、アヴァールが口を挟んだ。 「それがこの屋敷だけにとどまると思うか?どうぞ、好きなものを好きなだけ食えばいいさ、そいつらを放っておけるならな。お優しいアヴァール様だ、そんなことはできないだろう?無論、俺は涙など流さないから気にかける必要もないが。…大人しくそれで我慢しておけ」 アヴァールが押し黙るのを確認すると、ヴェルシュはカトラリーを手にする。 「分かったら黙って食え。食わなければ回復しないのも事実だからな」 牛肉のステーキ、しかも焼き加減はレアなどヴェルシュの好みからは程遠い。それでもヴェルシュは同じものを口にすることを選択した。それは肉が余るからではなく、今世を共にすることへの一つの誓いの儀式でもあった。 二人の間に大きな会話はない。ただ、食器同士がぶつかる音だけが聞こえる。その静寂の中でも、アヴァールは、自分を想って伝えられたその言葉を反芻しながら、幸せを噛み締めていた。 「ふぅ…下げてもらおうか」 ヴェルシュが食べ終えた頃、アヴァールがそう口にする。アヴァールの皿を見てみれば、まだ三分の一ほどの食事が残っている。 ヴェルシュの背中を、冷たい汗が伝った。 「まだ残っているだろう、もういいのか?」 「今日は些か疲れているようだ、サンドイッチも食べているし…こんなものだろう」 「っ…そう、か。では、食後のフルーツと茶でも持って来る」 ヴェルシュはその焦燥感を悟られまいと、できるだけ平静を装った。そしてトレーを持つとキッチンへ向かう。 あのハーブは身体によかったはずだ、それに合うフルーツとを持っていけば、少しは口にするだろう。それくらい食べられるならきっと、明日も。 そう思いながら甘いフルーツの皮を剥き、一口大に切っていく。切り終えた頃、ちょうどハーブもお湯の中で開きはじめた。このまま持っていけばちょうどいい頃合いだと思いながら、トレーを片手にキッチンを出た。 心なしか、寝室へ向かう足が速くなる。それは先ほどの焦燥感からなのか、淡い期待からなのか。 「アヴァール、フルーツとハーブティーを──……」 その期待は、大きく崩れ去った。 手からトレーが落ちるのがスローモーションのように感じられた。 ベッドの上は、アヴァールが吐いたであろう血で真っ赤に染まっている。 「──ッアヴァール!!!」 がらがらと、何かが崩れ去る音がした。

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