21 / 24

第21話 祈りと願い

アヴァールの命は、今にも消えかけている。それはあまりにも目に見えた事実だった。 医師とその助手が訪れ、アヴァールの部屋へと駆け込んでいく。 「アヴァール…頼む、生きてくれ……!」 ヴェルシュは部屋の外で祈るしかできない。 エルフは長命種である。長命種であるが故に博識だが、だからと言って万能というわけではない。 ヴェルシュは今、己の無力を実感していた。 刻一刻と時が過ぎていく。まだ中からは誰も出てこない。こんなにも苦しい時間が、今まで生きてきた中だ存在していたのかと、ヴェルシュは心臓を握り潰されるような思いだった。 やがて月が登ってくる。頭の上に来ようかという頃、医師達は部屋から出てきた。 「アヴァール様は…!」 仕事も手につかず集まっていた使用人達。その中から側近だけが医師に近づくと、恐る恐る声をかけた。 「油断はできない状態です。しかしまず、シーツを変えて差し上げてください」 生きている、という事実に、その場にいた全員が胸を撫で下ろした。そして、その中の寝室に入ることを許されている数人だけが、シーツを替えに中へと入っていった。 ヴェルシュは下唇を噛み締める。まだ生きていたという希望と、これから見送らなければいけないという事実が、重くのしかかってくる。 あの時は手を取ってやれなかった。だから── 「今度こそ…今度こそ、側にいると……そう、決めたのにな…」 明けない夜はないと言うが、今日の月はいくらか眩しく、そして長く感じる。 部屋に入ってしまおうか、それとも今日は離れに戻ろうか。 そう考えていると、側近と使用人達が部屋から出てきた。 「…アヴァールは?」 「先程目を覚まされました。ヴェルシュ様が来るまで眠らない、薬を飲まないと頑固でして…どうか、会って差し上げてください」 側近はそれだけ言うと、扉の側に行儀良く立った。恐らく、何かあってもすぐに動けるように、ということだろう。 ヴェルシュは深呼吸を一つすると、部屋の扉を開ける。ベッドの側まで寄ると、アヴァールが目を開けた。しかし、起き上がってくる気配はない。 「……ヴェルシュ、すまないね。情けないところを見せてしまった」 「本当だな…随分と、しおらしくなった」 ヴェルシュはゆっくりと椅子に腰を下ろす。そして布団に隠れたアヴァールの手をそっと握った。 「こんなにも冷たい手をしておいて、よく強がりを言えたものだ」 「はは…愛しい者へ、そんな姿見せられないだろうよ。今はそれすらも、情けなかったと思うがね」 ヴェルシュはサイドテーブルに目をやる。まだ手のつけられていない水と薬とが並んでいた。 「情けないと思うのなら、俺を呼ぶ前に薬くらい飲め」 「違うんだヴェルシュ、そいつを飲んだら俺は眠ってしまうから……その前に、伝えておきたいことがあったんだ」 静かに、月明かりだけが部屋を照らしている。 「君と、あの楓を見に行きたい」

ともだちにシェアしよう!