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第22話 その日まで
誰が聞いても、叶わぬ願いだと思っただろう。止める者もいたかもしれない。
それでもヴェルシュは、いつものように冷笑するでもなく、静かにその言葉を受け止めた。
「ならば─…明々後日だ。明々後日までに、外に出られる体調にしておけ。俺は待たないからな」
ふ、と口元を緩めながら言う。アヴァールは握られたその手をできる限り強く握り返すと、こくりと頷いた。
「それまでに、どうにか戻ってみせるさ…私を誰だと思っている?」
「その傲慢が口に出せるなら大丈夫だろう。…とりあえずは薬を飲め。私はまた明日も来る」
そう告げるとアヴァールは穏やかに微笑み、ヴェルシュの手を借りながらやっと上体を起こす。そして手渡された薬を素直に飲むと、また布団に潜り眠りに就いた。
「おやすみ、アヴァール。せめて夢の中では穏やかに」
ヴェルシュはそれだけ言い残すと、寝室の扉を閉めた。
月はいつまでも沈まずにそこにある。
早くいなくなってしまえ、希望の朝が早く来るように、と願わずにはいられなかった。
朝日は、また登る。
次の日もヴェルシュはアヴァールの寝室に現れた。共に食事をするためでもあるが、その手には数多くの本が抱えられている。
「入るぞ」
ノックをすることもなく、身体で扉を押し中へ入って行く。
ベッドを見れば、アヴァールはまだ寝息を立てて眠っていた。
「…ゆっくりと眠れているようだな」
起こさない程度の小さな声で、呟くように言う。アヴァールの額にかかる髪をどかしてやると、眉間によっていた皺が和らいだ。そしていつものように傍の椅子に座りサイドテーブルに本を置くと、その中から一冊を抜き出す。
タイトルは───『つぼみとエルフ』
穏やかで小さな声とアヴァールの寝息だけが、その部屋に響いていた。
その次の日も、もちろんヴェルシュは現れる。医師の診察の時間を避けながら、何度も何度も部屋を訪れた。
その度にやれカットフルーツだ、やれ冷たい菓子だを持ってくる。アヴァールは、その不器用な様が可笑しく、そしてたまらなく愛おしかった。
「アヴァール…そんなに持ってこられても、私は食べられないよ?」
「少しでも身体にいいものを入れろ。回復するものもしないだろう」
「とはいっても、私はもう昼食も取っているというのに」
くつくつと喉を鳴らして笑うアヴァール。その様を見ればヴェルシュはどうにも気恥ずかしく、持ち込んだ本に目を落とす他なかった。
「では…茶ならどうだ、あのハーブの」
「ああ、それはいいね。お願いしようか」
ヴェルシュが黙ったまま部屋を出て行く。しかし戻って来るのは思いのほか早く、先に準備していたことなど自明の理であった。
ティーカップにお茶を注げば、あの懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
「懐かしい…しかしヴェルシュ、君少しハーブの配合を変えたね?」
「弱った人間の鼻でも分かるのか。そうだ、身体を温めるものを追加した」
「そうか……ああそれでも、懐かしい香りだ。君の家に勝手に出入りしては怒られていた頃を思い出すよ」
「………また、勝手に出入りしたって構わない」
「ははは!そうか、許されてしまったなあ」
アヴァールは大きく笑った後、ハーブティーを一口口に含む。そして目を閉じ、ゆっくり味わうように飲み下すと、今度はヴェルシュの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「明日、連れて行ってくれるんだろう?あの楓の元へ」
「ああ…約束したからな」
今度動けば何が起こるか分からない。それでも、ヴェルシュは一度した約束を破ることなどできないと、アヴァールは知っていた。知っていて、そう問いかけたのだ。
もう一度、約束の地へ向かう時間は、すぐそこまできていた。
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