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「あっ、あの……!」  バイト終わり、騒がしい店内を出てほっと一息ついていると、横合いから高い声がかかった。振り返ると、数時間前に助けた女の子がこちらを見て立っていて、嫌な予感が胸を掠める。 「……あー、ども。あれから特に問題なかったっすか?」 「はい、おかげさまで。それで、その……」  春先とはいえ、深夜一時過ぎの都会の裏通りはまだ肌寒い。にもかかわらず、丈の短いスカートに肩の露出したニットという肌寒い格好をした女の子を、晃大は無言で見つめる。 「よかったら、連絡先とかって……交換、してもらえないですか……?」  上目遣いに持ちかけられ、予感的中――と晃大は内心でため息をついた。女の子の手前、そんな感情は一切顔に出さないけれど。 「あー、ごめんね。交換したい気持ちは山々なんだけど、うちの店、そういうの厳しくてさ。バレたら即クビなんだよね。寒い中待っててくれたのに、マジ申し訳ない」 「え、あ……」 「外暗いし、気をつけて帰ってね。じゃまた」  ひらひらと軽く手を振って、晃大はあっさりとその場を切り抜けた。駅まで一緒に、なんてことになっても面倒臭いので、少し回り道して帰ることにする。  完全に女の子から見えなくなったと確信した辺りで、今度こそ本当に浅いため息が漏れた。  正直、店のルールなんてあってないようなものだ。裏で客と付き合っている店員なんか普通にいるし、晃大にしろ、そのようなことに拘るタイプではない。というかむしろ、超緩い。客の女の子とノリでホテルに行ったことなんか、数え切れないくらいある。  でも、さっきの子はダメだ。顔とかスタイルの話ではない。というか、こういう若者が集まる場所に来ているだけあって、容姿は普通にイケているほうだった。それ以前に、仮にちょっとやそっと顔やスタイルが悪くても、ノリさえよければ晃大はそんなこと気にしない。  じゃあ一体あの子の何が受け付けなかったのかといえば、だからそれはもう『ノリ』でしかなかった。  ああいうノリだけで成り立っているような場所に足を運ぶならそれなりの自己防衛はできて然るべきなのに、知らないおっさんに酔わされて体を触られる。ちょっと助けてもらったからといって、所詮はナイトクラブなんてアングラで働く男を出待ちして連絡先を聞こうとする。純と不純の釣り合いが取れていない辺り、絶妙に地雷っぽい。  うざ絡みしてくるおっさんなんか跳ね除けられるくらいのマインドじゃければ、そもそもそんなところに足を運ぶべきではないのだ。純粋な恋愛とはかけ離れた、IQ3くらいの発情した猿共の溜まり場。それが、ナイトクラブである。  あとから「本気で好きだったのに」と泣かれるような恋愛は、こちらとてまっぴらごめんだ。で、晃大の勘が正しければ、さっきの子は付き合ったら絶対にそうなるタイプ。  ノリで楽しいことだけして生きていたい晃大には不釣り合いだし、逆にいえば、あの子のような『自分を助けてくれる正義味方』みたいな男に憧れを抱いている女の子にとっても、自分のような男は不釣り合いだと思う。  なぜなら晃大は決してそんな品行方正なヒーローなんかではないし、一人の女の子を守り通せるほど出来た人間でもないのだから。

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