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「……って、全っ然反省してねーじゃねぇか!」  あれから四日が経った水曜日の午後七時過ぎ。バイト前、夕食を摂りに連れと解散して寮に戻った晃大は、空腹を満たして自室の戸を開くなり思わずそんな声を漏らした。  玄関は相変わらず靴が散乱して、部屋へと続く廊下もまた大量の服やゴミで溢れている。言わずもがな、部屋の中も目に余る惨状だ。 「おい、結月」  足元の障害物を掻き分けて、晃大はベッドでスマホゲームに没頭する結月のそばへと歩み寄る。ヘッドフォンを着けているからか、見事なまでのガン無視だ。 「結月、聞け」  ガシッと上からヘッドフォンを取り上げると、「わっ」と肩を揺らした結月がようやく顔を上げた。 「何だ何だ、いきなり何の真似だ!」 「何の真似だはこっちの台詞だ。おまえ、このあいだ俺と話したこと覚えてないのかよ」 「話ぃ?」  むむむ……と結月が眉を寄せて考え込む。数拍の後、ぱっと閃いたような顔をして口を開いた。 「ああ、覚えてる、覚えてるぞ! 確か、『なにゆえたんぽぽのワタ毛は風に舞うのか』みたいな話だったよな! そういやたんぽぽの綿毛ってめちゃくちゃ撥水性が高いから、水につけても濡れないらしいぞ。チン毛もそうなら蒸れなくていいのにな! ……って、あれ? どうしたんだ、変な顔して。なんか落ちてるもんでも拾い食い――」 「するわけねぇだろ、おまえじゃあるまいし」  間髪を入れぬツッコみ。というか、こいつは素でこんなふざけた態度を取っているのだろうか。だとしたらもう、一周回ってめちゃくちゃ面白いやつに見えてこなくもない。 「失礼だな! 俺だって、さすがに落ちてるものを食ったりはしないぞ! そもそも俺はチン毛を落とすことはあっても、食い物を落とすような粗末なことはしない! 断じてだ!」  まさにそのチン毛を落とすなという話を、この間したばかりなのだが。 「なあ、結月」 「なんだ」  いや、そっちこそなんなんだ。その開き直った態度は。 「俺、この前言ったよな? お互い、気を付けて直ることはちょっとずつでも直していこうぜって。あんときおまえ、なんて言った?」  目を見て尋ねるが、途端に結月の反応が鈍くなる。都合が悪くなると黙り込むのが癖らしい。 「『ごめん』って、言ったからにはちょっとくらい片付けろよ。あれからずっと忙しかったってわけじゃないんだろ?」  現にさっきだって、ベッドでゴロゴロしながらスマホゲームをしていただけだ。部屋は片付くどころか、以前にも増して散らかっている。 「黙ってないで返事くらいしろ」  叱られて無言で乗り切ろうなんて、小学生レベルの発想だ。こうなればもう、片付けがどうのという問題ではない。『人として』の話になってくる。 「結月――」 「……なに……なら……」  ぽそりと、結月が声を発した。 「何?」  眉を顰めて、晃大は訊き返す。結月は俯いたまま気まずげに視線を逸らし、再度もごもごと繰り返した。 「そんなに、嫌なら……おまえが出てけばいいじゃん……」 「……は?」  思わず、呆けた声が零れ落ちた。それを機に、部屋がしんと静まり返る。 「おまえ、今なんて……」 「だ、だって……っ! あとから来たのは、おまえだしっ。俺は別に、散らかってても気になんないしっ! そんなに言うなら、おまえが出てけばっ――」 「それ、本気で言ってんの?」  低く問い返す声に、結月がうっと口ごもった。  黙り込む結月の顔を、晃大は無言でじっと見つめる。しばらく待ったが返答はなく、浅いため息が漏れた。 「……はぁ」  ピクリと、結月の肩が跳ねる。 「なんかもう、面倒くせえわ。好きにしろよ。どうせ俺、寝に帰ってくるだけだし」  ぽいと、取り上げていたヘッドフォンを枕に投げて、晃大は身を翻す。 「あ、おい……っ」  焦ったような声を聞いて、「ああ、けど……」と、晃大は肩だけで背後を振り返った。 「出てくなら、おまえが出てけよ。後とか先とか関係ねえから」  それだけ言い残し、晃大は結月を置いて部屋を出た。

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