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「ねえ晃大くん、今日、バイトのあとなんか予定ある?」
バイト中、最近よく店に来て話しかけてくる女の子に訊かれた。
こういう場所に来ているのだから当然といえば当然かもしれないが、晃大の二つ上だという彼女は、すでに相当男慣れしているように見受けられる。
「私、酔うと人恋しくなるタイプなんだよね。今日、ちょっと飲みすぎちゃったみたい……」
わかりやすい誘い文句だった。こういうとき、男は謹んで応じるのが礼儀というものだけれど……
「あー、じゃあ、俺んち泊まってく? ……って、言いたいところなんだけど、ごめん。今日はちょっと都合悪いんだよね」
「そうなの?」
眉尻を下げて訊き返され、「うん」と晃大は肩を竦めた。
「……まあ、『俺んち』って言っても、男子寮で相部屋だから、そもそも人は呼べないんだけど」
「なにそれー」
もう、と笑いつつ拗ねるような男心擽る顔をして、戯れるように華奢な肩をぶつけられる。本当に結構酔っているらしく、自分でぶつかっておきながらゆらっと女の子の身体が傾いた。
「おっと」
すかさず、晃大は女の子の腰に腕を回して体を支える。その際にきゅっと体を密着させてきた女の子に、上目遣いでじっと目を見つめて尋ねられた。
「……私、あんまり晃大くんのタイプじゃなかった?」
先程までの軽いやり取りとは打って変わった、頼りなく、寂しげな口調。
「いや、タイプ。てか、ドストライク」
晃大は即答した。ドストライクはさすがに盛ったけれど、タイプなのは事実だ。綺麗なお姉さん系。年の離れた妹がいるのもあって、年下の女の子とそういうことがしたいとはあまり思わない。
「何なら、今からでも二人で抜け出したいくらい」
「しないくせに」
「しないんじゃなくて、できないの」
ごめんねと、目を見て口にした。女の子はふんと顎を背けつつも、少し照れたように頬を赤く染めている。
ちょうどいいタイミングで、インカムが入った。じゃあまたと言い残して、さらりと女の子の腰に回していた腕を解く。
しかし、インカムでの用件は控えめに言って最悪だった。トイレでゲロった馬鹿がいるとのことで、後始末に駆り出される羽目になった。
こういう職場だからよくあることといえばよくあることだが、さすがにこの業務だけは一生慣れない。というか、慣れたくもない。毎度新鮮に嫌な気分にさせられる。
バイト帰り、暗い夜道を歩きながらため息が漏れた。
都合が悪いからと女の子に断りを入れたのは、半分は本当で半分は嘘。特に用事があったわけではないが、今日はシンプルに気分が乗らなかった。
理由は考えるまでもない。今から数時間前、結月が口にしたあの言葉――
(そんなに、嫌なら……おまえが出てけばいいじゃん……)
めちゃくちゃな言い分。流石の晃大も少しカチンと来てしまった。
家賃を払って部屋を借りているという時点で、結月も晃大も立場は同じだ。ましてや迷惑をかけている側の結月から、部屋を出ていけなんて言われる筋合いはない。
年下相手に何をムキになっているんだと、我ながらうんざりする。いっそのこと、一条に頼んで本当に部屋を移してもらおうか。そのほうがいくらか生活の質も上がるに違いない。
――つっても……。
ここで大人しく引き下がったのでは、それこそ結月の思う壺だ。誤った主張でも相手が折れれば罷り通るなんてよくない成功体験を与えるのは抵抗がある。
何にせよ、こちらに非がない以上、わざわざ一条に頼んで部屋を移してもらうのも馬鹿らしい。ひんやりとした夜風に肩を竦めて、晃大はひとり、寮へと続く岐路を辿った。
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