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第1話 紅の寝台 其の一

「……っ、んっやぁ、ああっ……んっっ!」    ある遊楼の離れの一室。  薄紅色の天蓋の奥にある紅色の寝台が、ぎしりと大きく軋んだ。その度に青年の艶やかな声が零れる。自分のものとは思えないほどに快楽に染まった声だ。  青年は両膝の裏側に腕を通され、両太腿を抱えられながら手の五指を、貝殻のように男の指に絡め取られている。寝台に敷かれた敷包布に縫い付けるような体勢は、青年を快楽から逃れる術を失くしていた。  真上から振り下ろす勢いで男が腰を使う。  ぐちゅり。  ぐぽっ、と卑猥な水音を立てながら剛直を後蕾に何度も突き刺し、これでもかと最奥にある弁を抉るように刺激する。   「……っ、あ……、あぁ……──!」    いやいやと青年が(かぶり)を振れば、(たし)めるように男が青年の首筋を甘く噛んだ。いっとう上がる濡れた艶声が、悦楽の深さを物語る。  片恋の人に抱かれることを選んだのは自分自身だ。    ──だが彼が呼ぶ名前は、決して自分ではない。    欲の熱に浮かされた彼の唇から零れるのは、亡き妻の名、もしくは亡き妻と瓜二つで最近想い人と結ばれた愛息の名だ。  求められているのは自分ではなく、『かつての彼ら』なのだと突き付けられる。  心が掻き毟られるかのように痛いというのに、自分はもう彼から離れることが出来ない。  少しでも彼の心の傷を内に潜む孤独を、埋めることが出来たなら。   (たとえ……ほんの一時でもオイラを求めてくれるのなら) (代わりでもかまわない)     目合う間だけでも癒やしてくれればいいと思った。  譬え彼が自分を見ていなくても。  唯一の救いとなるのだと、信じたかった。  彼に必要とされているのだと思いたかった……。       ***    眠らずの城下街と謳われる紅麗は、書き入れの刻時を迎えていた。  麗国麗城から少しばかり離れた場所に位置するこの街は、麗国の中でも一番の広さがあり活気がある。  昼間は大通りの市だ。  様々な品物や嗜好品や食べ物が並び、売り子たちの張りのある声が響く。  だが紅麗の真の顔は夜だ。  『紅麗』という、紙灯籠の中に魔除けを施した紅紙を燃やした淡い紅橙色の灯りが、夜の大通りをぼんやりと彩る。酒や肴を出す屋台を始め、薬屋や春画を売る屋台が出、昼間とはまた別の活気に満ち溢れるのだ。  屋台でほろ酔いとなり、気が大きくなった者が次に目指すのが、大通りから少し離れた小通りの奥。  遊楼通りという名の付いたこの通りは、二層から三層の造りの楼閣がずらりと並んでいた。金や紅で色の塗られた丸い柱には、不思議な紋様や四神などの繊細な絵が絢爛に描かれ、柱の間には見事な装飾の彫られた、釣り燈籠がぶら下がっている。『紅麗』と同様、紅と橙の間のような色をした柔らかい灯が、遊楼通りの夜の闇の中に紅と金の柱で建てられた楼閣を、幻想的に浮かび上がらせていた。  まさに一夜の夢を与えるこの場所にとても似合いの、綺麗かつどこか妖艶さと廃退さの漂う光景だった。   「……こんなところにこんな刻時に呼び出しって、本当……悪趣味」  

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