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第2話 紅の寝台 其のニ

 そんな空間に似合わない悪態をつきながら、深い深いため息をつくのは、成人を迎えたばかりのすらりとした長身の青年だ。  見世の売り子の声掛けを慣れたようにさらりと交わし、酔っ払いの多い雑踏をすり抜けるようにして歩く。動きに合わせて彼の、初夏の新緑のような翠色の髪がさらりと揺れた。髪の隙間から覗く一対の角が、彼が人ではないことを物語っている。  青年は遊楼通りの中でも、一番奥まった場所にある見世に辿り着いた。  元々竹藪だったところを少し伐採して建てられたのか、この見世は竹に囲まれている。地面には砂利が敷かれ、等間隔で石畳が置かれていた。その上をしばらく進むと、やがて見世の入り口である門扉が現れる。  他の見世に比べて雰囲気が引き締まって見えるのは、柱は全て玄の色で統一され、開閉部分だけが深みのある紅色をしているからだ。そして門扉には、向かい合って威嚇する金色の竜の姿が描かれている。  柱に玄色を、そして竜絵を扱うことの出来る遊楼は、他の見世よりも遥かに格式の高い証だ。  青年は臆することなく慣れた様子で、門扉を開けた。  受付の番台に座っていた楼主が出迎えようと立ち上がるが、青年はそれを無言のまま片手を上げて止める。   「……今日はどっち? 上? それとも離れ?」 「いつもの離れにごさいます」    楼主の言葉に青年が僅かながらに眉を顰めたが、すぐに了解と応えを返した。    「毎回毎回本当にすまない。あの御仁、また無理にあの離れ空けさせたんでしょ?」 「いえいえ、とんでもございません。相場の倍以上の華代を頂いた上、この国で一等値の張る酒も、それはそれは沢山注文頂きましたので、有り難いことでございます」    にこりと上機嫌に笑いながら、楼主が頭を下げる。  今宵で一体どれだけの金子が飛んだのか。   (……自分のお金で通ってるから、誰も文句は言わないだろうけどさぁ……)  限度っていうものがあるよね、と心内で思いながら青年は、今日で何度目かの深い深いため息をつく。  彼の遊楼通いは今に始まったことではない。月に一度ほど日頃の疲れを癒やしに、見世の綺麗どころを何人か侍らせて飲む、その程度だった。  だがある事件をきっかけに週に一度の頻度となり、宴も(たけなわ)となった頃合いに自分が呼び出されるようになった。  目的は明白だ。  

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