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第3話 紅の寝台 其の三
「……っ」
以前に与えられた喜悦を、この身体は思い出してしまったのか。尾骶のずくりとした疼痛に、青年は息を詰める。
そんな青年の様子を知ってか知らでか、商売用の笑みを浮かべたまま楼主が、手を二回叩いて見世の者に合図を送った。
現れたのは黒子と呼ばれる遊楼の案内役兼小間使いだ。
離れの場所は知っていた。だが黒子の仕事を奪うわけにもいかないので、青年は素直に案内されることにする。
「しかしあの御方はとても良き方ですね」
遊楼の本館を出た辺りで、青年を先導していた黒子がそんなことを言った。
「そう?」
青年が怪訝そうに返事をすると、黒子は力強くそうですよと応えを返す。
「ご苦労だったと、ありがとうと、私共黒子にも声を掛けて下さるのです。それに一晩の指名を受けた、見世の姐貴 もおっしゃってました。酌と話相手を希望され、自分が来た時くらいゆっくり休めと床を共にしないのだと。その上、華代を通常の倍ほど置いておかれるそうで」
その話は以前から聞いたことがあった。
彼は遊楼で酒宴はするが、決して華は買わないのだと。
宴の後にひとり寝を希望するその姿に、逝去された奥方様を未だに想っていらっしゃるのだと、遊楼の華姫達は美談として語り継いでいるのだ。
(……『華 』は買わない 、ねぇ……?)
あまりの皮肉さに青年は、心内で嗤う。
一層のこと、この遊楼界隈で抱いたことのない華姫などいないのだと言わんばかりに、遊んでいてくれていたら悩む必要などなかったというのに。
(……ああごめん、思わず友人の父親を好色漢にしてしまった。でも……)
その方が自分もその中の一人なのだと、簡単に割り切ることが出来たかもしれない。だがもし彼が実際そんな人だったならば、自分は決して彼に惹かれはしなかっただろう。
(ああ、また脳内で酷い男になってる。ごめん、香彩 )
心の中で友人に謝りながらそんなことを思っていると、黒子のこちらですという声掛けに、青年はふと我に返る。
「──え」
案内された離れの奥屋敷を見た須臾、ひんやりとした冷たいものが心の奥にぽたりと落ちて、動揺という名の波紋を作った。
じわり、じわりと広がってやがて身震いしそうになるのを、何とか耐える。
声すらも震えそうになるのを堪えて、青年は黒子に礼を言った。
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