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第4話 紅の寝台 其の四

「何かご入り用でしたら、いつでもお呼び下さい」    黒子が爽やかな笑顔を見せて去って行くのを見届けてから、青年は再び例の御仁がいるだろう離れを見遣る。  彼がこの中にいるのは、漂う『御手付(みてつ)き』の気配で明白だった。   (……本当に、悪趣味……)    重厚感のある真紅の門に、金筆で描かれた寄り添う双竜が皮肉に感じる日が来るとは。  今宵もう何度目になるのか分からない深い溜め息を吐くと、青年はやや乱暴気味に門を開けた。沓脱石の上で沓を脱いで室内へと上がる。奥の部屋へと続く内廊下は、相変わらず姿が映るのではないかと思うほど、見事に磨き上げられていた。  そして内廊下を進んだ、開かれた戸の先。  柱や梁、屋根板は玄色。それ以外の家具や調度品に至るまで、濃淡のある紅を基調とした部屋があった。  家具の配置は以前と少し変わっていたが、忘れもしない。  自分はここに二度ほど来たことがある。     一度目は友人香彩と共に、同胞が犯した罪を確かめる為に。  二度目は消え行く同胞を、この身の内へと『還す』為に。     (かつ)てこの部屋で自分達を迎えた少女のいた場所には、長椅子と大きな卓子(つくえ)があった。  所狭しと豪勢な料理が並べられ、香辛料の香りがつんと鼻を突く。だがそれ以上に部屋の中に充満しているのが、この国で一番値が張り、真竜が酔うという謂われのある酒、神澪酒(しんれいしゅ)の香りだった。   (ん……?)    ふと薬気を感じた気がした。  だがそれも芳醇な酒香によって掻き消される。  長椅子に深く腰掛けて、見世の華姫から酌を受けているのは、壮年の美丈夫だ。酒杯になみなみと注がれた神澪酒を、美味そうにくいっと一気に呷る。  普段ならば高く結われている金の髪は、ゆったりと下ろされていた。華姫と話す度にさらさらと煌びやかに揺れる(さま)は、まるで絹糸のようだ。  青年の存在に気付いたのか、金糸の髪の美丈夫が視線を向けた。  深翠水の鋭い双眸に見つめられて、青年が思わず息を詰める。彫りが深く粗削りな顔立ちと相俟って、見る者に強く迫るかのような力強さが、彼にはあった。   「──来たか、(りょう)」    耳心地の良い官能的な低い声が名を紡ぐ様に、療と呼ばれた青年が身を震わせる。近くで囁かれた訳でもないのに、今からこんなことでどうするのだと、療は心内で己を嗤った。彼に自分という存在を認識され、名を呼ばれるだけで心が悦びに溢れる自分が嫌で堪らない。  彼の隣で酌をしていた華姫が、療の姿を認めた須臾の内に立ち上がった。きっと事前に楼主なり隣の御仁なりに言い付けられていたのか、流れる空気を壊さぬ用に静かに部屋から退出する。  それが何を示すのかは明白だった。   

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