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第5話 紅の寝台 其の五

 羞恥で心が騒めいていたのは、この遊楼に呼び出しがあった初めの数回だけだ。黒子も先程の華姫も、この部屋で何があるのか分かった上で表情に出さないのは、よくよく躾られているのだと療は感心する。  かといって慣れるものでもないのだ。  彼から呼び出された理由を知っていて、知らぬ振りをされる状況というのは。   「ちょっと飲み過ぎなんじゃない? 紫雨(むらさめ)。いい歳なんだし身体に響くよ」    心の中で深いため息をつきながらも、全ての感情を誤魔化したくて療は、彼を茶化すかのような物言いをした。  紫雨と呼ばれた壮年の美丈夫が、まるで見定めるように療をじっと見つめていたが、やがて形良い薄い唇の口角を上げて、くつくつと笑う。     「爵酒器(しゃくしゅき)の酒を全て飲んだわけではないさ。まだこちらにたっぷりと残っている。……お前の分だ、療」    そんな紫雨の様子に、あー嫌だ嫌だと療は大げさに肩をすくめて見せた。   「真竜が酔い痴れると分かってるお酒を、そんなにたくさんオイラに飲ませて、何しようって? きゃー紫雨の卑猥ー」    どこか芝居がかった言い方をする療に、紫雨が面白いのだと言わんばかりに、更にくつりと笑う。  だが。    ──療、と。    一段と低く呼ぶその声色が、二人の間に流れる空気をがらりと変えた。   療が思わず息を呑む。  彼にとってそれはただの呼び掛けに過ぎないのだろうが、療にはまるで傀儡の糸に手足を縛られているかのような心地になった。身体の力が抜けてしまい、自分の意思で動かせなくなってしまいそうになるのを、奥歯を噛み締めて耐える。  実際その声には『力』があった。  使っている本人が無自覚な為か、拘束力はさほど強くはない。  だが名前を呼ばれたことや、『力』ある声色の内に含まれる『こちらに来い』という彼の意思に、身体は悦びを感じて従おうとする。   「──来い」    明確に言葉にされればもう駄目だった。  声に誘われるままに歩を進めた先は、先程まで優美な見世の華姫が酌をしていた場所だ。  療は力が抜けたかのように、すとんと彼の隣に座った。同時に肩に回されるのは、紫雨の綺麗な筋肉のついた逞しい腕だ。  途端に近くなった距離に、どきりと心の臓が跳ねる。  ふわりと鼻を擽るのは彼の雄としての香りと、『療の物』となった『御手付(みてつ)き』の香りの混ざった誘引香だ。  

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