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第6話 紅の寝台 其の六

 竜と情を交わした『人』のことを『竜の御手付(みてつ)き』という。御手付きとなった人は性的に気が昂ると、目合(まぐあ)った竜を誘引する香りを身体から放つようになる。また竜が紡ぐ『力』ある言葉『竜の聲』によって支配され、その意思に従うことに愉悦を感じるようになるという。  だがそれはあくまで『()()受け手(・・・)の場合だ。  受け手が竜の場合(・・・・・・・・)は、少し状況が変わる。  『人』が御手付きの香りを放つのはそのままに、本来なら竜だけが持つはずの『竜の聲』を『人』も扱えるようになるのだ。  受け手が人と竜とでは色々状況が違うことを知ったのは、つい最近のことだ。過去にも人と竜が恋に落ちた例はある。だがそのほとんどの受け手は人であり、竜が受け手だった文献はあまり残されていない。  だがひとつ言えることがある。  どちらが受け手であっても、相手を絶対に離すまいとする竜の執着と情愛の深さを感じられて、療は我が身のことながら感心してしまったのだ。   (……受け手の竜は人の支配欲を刺激して、自分から離れられないようにしてたんだろうなぁ、きっと)    他人事のようにそんなことを考えた療だったが、実際はあまりの背徳的な陶酔さに、離れられなくなるのは自分だろうと思う。  何せ思慕の情を抱く片恋の人に、香りで支配されるだけではなく、言葉でも支配されるのだ。  今のように。   「……この距離で考え事とは。余裕がないのは、どうやら俺だけのようだ」    くつくつと面白そうに笑いながら、紫雨が酒の入った爵酒器を手に持つ。無言のまま療が酒杯を手に取ると、彼は神澪酒を並々と注いだ。   (余裕なんて……あるわけがない)    そう心内で療は毒づく。  肩に回された腕の重みと熱さ、彼の御手付きの香り、芳醇な神澪酒の酒香に、くらりと悦楽の眩暈すら覚えるというのに。   (……本当、どの口がいうのだろう)    こちらを楽しそうに見ている紫雨には、(むし)ろ自分の様子を観察する余裕すらあるのだ。  だが彼にはあまり初なところを見せたくなかった。  たかが腕を肩に回されて、体温を感じただけで心の臓がどくりと脈打って余裕がなくなるなど、面倒な奴以外の何者でもない。相手は一時を楽しみたいだけなのだから、楽しんで貰わなければ次はないだろう。   (誘われなくなる方が……嫌だ)    この一時だけが自分にとっての至福なのだから。

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