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第11話 紅の寝台 其の十一

 言われるがままに療は更に深く、牙を首筋に食い込ませる。御手付きの香りを纏った血液が口の中に広がった。こくんと飲めば、恍惚とした甘さが全身を駆け巡るかの様。   真竜は総じて穢れや血に弱い生き物だが、少量ならば良い活力源だ。ましてや紫雨は術者であり、療にとっては格別の馳走だ。   (……ああ、欲しい。もっと。もっと……この香りも血も、全部……全部)    自分のものだったら、どんなに良いだろうか。    荒い息を吐きながら療が竜牙を引き抜く。逞しくも白い首筋に浮かぶ、ふたつの赤い痕がひどく淫靡だった。牙痕から溢れ出した血液が筋を作る(さま)に、療の舌が追い掛けて舐め取る。もっと欲しいと言わんばかりに、牙痕に吸い付けば、紫雨の身体がぴくりと動いた。  そんな彼の反応すら、療にとっては更なる昂りの餌だ。  とろり、と。  甘く濃厚な血を含み、舌で転がす愉悦に酔う。  そうして、こくりと飲み込み、喉を通っていく彼の血に至福すら感じる。   「ん……」    背中から腰の線に触れる紫雨の卑猥な手付きに、療は甘い喉声を立てながら身を起こした。  愉悦に笑む彼の、欲に犯された深翠と視線が合う。  その瞳が妙にどこか夢見心地に揺らめいた──須臾。    ──……さ、い。    小さく呟かれた紫雨の言葉に、療の心の臓はずくりと嫌な音を立てた。    (ああ……もう)  始まったのか。  どうかさっきの言葉が気のせいであってほしい。 (どうかもう少しだけ、もう少しだけ……)  自分だけを見ていてほしい。     動揺に心を捕らわれていた療は、気付かなかった。  彼を押さえ付けていた腕の力が緩んでいたことに。 「──っ!」  紫雨の上体が動いたと気付いた時には、療は体勢をひっくり返されていた。  寝台に手を付いて紫雨が療に覆い被さる。  療を見るその深翠は先程とは打って変わって、焦がれていた愛しい者を見るかのように熱く揺れていた。   「……香彩……かさい……」    ああやはり、始まったのか。  ずくりと痛む心を自覚しながらも、どこか凪いだような心持ちで療はそんなことを思った。  紫雨が療の頬をやさしく撫でる。だがその瞳はもう自分ではなく、彼の心の中にいる失った者を映していた。      

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