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第12話 紅の寝台 其の十二
紫雨が服用している、滋養の薬の副作用だ。
この薬には枯渇した紫雨の術力と彼の体力を、少しずつだが回復させる効能と、術力回復に必要な睡眠を促す作用がある。彼の仕事上、服用は必須だった。
水や茶で飲めば特に問題のない薬だ。だが睡眠の導入を良くする効能もある為か、酒で飲めば幻覚を見ることがある。
(それに……)
紫雨が眠りの底へと沈む前に、必ず彼の『術力の巡り』が昂ぶる瞬間があった。まるで療の独特の竜の体液が、薬の効き目を良くするかのように。
(……初めて紫雨に抱かれた時もそうだった)
自分が彼に頼まれた仕事の報告に来たあの時、彼の愛息である香彩が紫雨の執務室に訪れた後だった。しかも室内にある玻璃の入った引き戸を開け、露台から式神の白虎に乗って香彩は、愛しい人の元へ旅立った後だったのだ。
──……くな、行くな……!
療が室内の空気を入れ換えようと引き戸を開けかけたその時、療の手の甲を、骨張った熱い手が包み込んだ。
──……くな……、……かさい。
今まで聞いたことのないような彼の悲しい声。
気付けば押し倒されて床が背につく。
どこにも行くな、と。
濡れたような声色でそう言った彼に、療は紫雨の背中を抱き締めて答えたのだ。
僕はどこにも行かない よ、と。
香彩の声色を真似て、香彩として抱かれた。
彼の欲した幻を壊さないように。
彼の壊れかけた心を継ぎ接ぐように。
そうして彼の術力の昂りを見た。
唯一の救いはこの薬の副作用で見た幻影は、彼の中で夢として処理されることだ。
そして今宵もまた。
「……っ、あっ、はあ……っ、むら……さ、め……っ!」
きっと香彩ならこうするだろうと想像をして、意識をして、療は声色と柔らかな吐息の出し方を真似る。
快楽によって目を伏せる仕草ですら、今は療自身のものではない。
この世界で自分ただひとりだけが、この偽りの夜を知っているのだ。
(……ごめん、香彩。オイラ は香彩を利用している)
心の奥で嫌だと泣き叫ぶ声を封じ込めて。
紫雨の視線を体温を。
本当は誰も受け取ることのなかった熱を、この身に掠め取る。彼の執愛にも似た情熱を感じることが出来るのは、演技の間だけだから。
紫雨がもう逃がさないとばかりに、性急に情を求め始めた。療の上衣をはだけさせ、腰紐を粗野に解いて下衣ごと袴を下ろす。布擦れの音と共に露わになる素肌が外気に晒されて、療はふるりと震えた。
そんな療の様子に、紫雨が喉奥でくつりと笑う。
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