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第14話 紅の寝台 其の十四★
いくら隠しても隠し切れない矛盾した想いが、涙となり頬を伝った。紫雨がそれを香彩の情欲の涙だと信じて、より強く抱き締められる。幻を重ねるほどに、療は自分がすり替えられていくのを感じて、胸が苦しくなった。
望んだのは自分だ。
療の心を更に締め付けるのは、薬の副作用を知っていながら彼に黙っていることだ。本当なら紫雨に伝えるべきだ。薬を酒で流し込めば幻を見ることがあると。そうすれば彼は幻影に惑わされずに済む。
言えない。
言いたくないのだと、心は身勝手に叫ぶ。
(……言ってしまったらこの幻も、オイラが側にいられるこの時間も全部終わってしまう。幻を失えば貴方の熱に触れることも、愛を囁かれることももう二度と……)
紫雨を騙しているのだと理解している。
幻を利用して、愛を掠め取っていることも。
けれど、それでも止められない。
(ごめん……香彩。ごめん……紫雨)
どうしようもなく欲しいのだ。
今だけでもいい。
自分の体温を感じてほしい。
幻影でもいいから、自分を見てほしい。
罪を抱え、祈りに縋り、欲望に呑まれ。
その全てを涙に変えて流しながら、療はなおも演じ続ける。
「……好きだ……っ、かさい……かさい……っ!」
「──ん、あ、ああぁ……──!」
紫雨が香彩の名を熱く呼びながら、療の最奥に絶頂の白濁を叩き付けた。須臾の内に療の身体も甘美な胎内の法悦に灼かれて、声と涙を絡ませて果てへと堕ちる。
荒々しい息遣いと後を引く艶事が絡み合い、紫雨の身体が寝台に崩れ落ちた。見ようによっては互いを求め合った後の、恋人同士の幸福な姿に見えただろう。
──だが、それは全て虚像だ。
頬を伝う涙は、陶酔の余韻に濡れた証ではない。
そこに宿るのは、罪悪感と、独占欲が混ざり合った、どうしようもなく苦いものだ。
だが祈りも欲望も、紫雨には届かない。
深翠に映るのは、過去に喪った幻影だけ。
療がどれほど涙を流そうと、その存在は幻の影で塗り潰される。
快楽は救いではなく、ただ残酷な現実を際立たせる鎖だ。
縋ることも叶わず、独りきりで幻を支え続けるこの夜の真実を知っているのは、世界でただひとり。
療だけだった。
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