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第21話 噂 其のニ
「なるほど、半竜とはいえ竜と目合えば『力』が増すというからな」
「しかもこの半竜、国主様の後ろ盾があるという噂だ」
「なるほどなるほど! 『魔妖狩り』に対して紫雨様に強い味方と後ろ盾があると、知らしめる目的というわけか」
「そうだろうよ。それに味方が全て正しく味方であるとは限らんだろうしな。例の術式の件もある。余程急いていたのか、元より計画的だったのか分からんが、今日の夕方から紅麗の茶屋だって話だ。場所も堂々としてるし、出会いがてらに一夜を共にってことだろうよ」
「そりゃ羨ましいことだ。半竜の緑髪の美人と茶を飲めて閨を共にするなど、俺らには一生ないご縁だ」
「ああ、違いない」
司官の笑い混じりの声が遠ざかる。
療は陰に身を潜めたまま、世界から鮮やかな色が消え失せてしまう瞬間を、どこか他人事のように見つめていた。
胸の奥で何かが崩れ落ち、心臓が痛みに軋む。
呼吸が詰まり、肺に空気を入れることすらできない。
(……半竜……緑髪……オイラと同じ……)
断片的な言葉が頭の奥で木霊するたびに、胸の内側から抉られる。
紫雨の傍に立つのは自分ではない。
それは分かっていた。
分かっていたというのに。
紫雨にとって、自分は御手付きという結び付きはあるものの、唯一の存在ではない。
無意識の内に本能を満たせて、術力を回復させる存在に過ぎないのだ。
(……結局……それはオイラじゃなくてもよかったんだな……)
真竜であり良く似た背格好であれば、誰でも良かったのではないか。たまたま自分が、最初だっただけで。
視界が揺れる。足が竦み、膝が崩れそうになるのを必死に壁に手をついて耐えた。
冷たい汗が背を伝い、額から滴り落ちる。
(……政のためだ……ただの政略だ……)
無理に言い聞かせても、震える唇と崩れ落ちそうな身体が、その言葉を嘲笑う。
紫雨の姿を思うだけで、胸が裂けるように痛んだ。
「行かなきゃ……!」
ここで悩んでいるよりも、紅麗に行って確かめた方が早い。
療は唇を噛み切りそうなほど強く噛み締めた。
(……確かめなきゃ……このままじゃ、壊れてしまう……)
自分の目でしっかりと見なければ、きっと自分は前に進むことも出来ない。
痛みに潰れそうになりながらも、療は胸の奥に小さな火を灯す。
もし噂が真実なら、きっと自分は立っていられないほど傷付くだろう。
それでも──知りたいと思った。
たとえ噂が真実だったとしても。
たとえ、自分がただの影にすぎなかったと突き付けられたとしても。
紫雨が何をしようとしているのか。
(……見届けなきゃ。紫雨が誰を選んだのか、この目で……)
それは、逃げることを許さない自分自身への誓いのようでもあった。
療はその背中から黄金の竜翼を出すと、渡廊の桟枠から文字通り飛び出したのだ。
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