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第22話 暖簾の紅 其の一

 陽が南中を越え、少しばかり傾きはじめた頃。  紅麗の大通りでは、昼間以上の活気に包まれる夕市が開かれていた。人々は今日の夕餉の支度の為に、様々な屋台へと集まる。野菜や魚、肉に乾物に茶や嗜好品などが並び、店子の張りのある声が響いていた。  日持ちのしない品物を叩き売る威勢の良い声、それを買い求める客の声は、今この街で起きてる不穏など跳ね返してしまいそうなほどに明るい。  だがそんな日常の喧噪も療にとっては、遠い世界の出来事のように思えてならなかった。  賑わう人々の声も、どこからともなく聞こえる笛や鼓の音も、すべてが耳の奥で濁っているように思える。ただ胸を灼く焦燥と鼓動だけが、はっきりとした音を立てて聞こえていた。     ──紫雨が見合いをする。  ──相手は半竜の緑髪の美しい者で、国主の後ろ盾もある。     その言葉のひとつひとつが胸を抉り続け、歩を進めるごとに足を縫い止めようとする。   (……確かめなきゃ……噂は本当なのか。本当ならどんな人を選ぶのか)    療は自身が感じ取れる感覚のようなものを広げた。  様々な人が独自に持つ気配が丸い光の玉のように見える中、大通りから少し離れた小さい通りの裏手で、明らかにこれは自分の所有物だと断言出来る大きな気配があった。  紫雨だ。  間違いなく紫雨の気配だった。  療は迷いなくその方向へと走り出す。   やがて差し掛かったのは大通りから一本裏へと入った、小通りだった。     (……何でこんなところに?)     ここは大通りと比べて店も少なく、人の流れも疎らだというのに。  療がそんなことを思った時だった。   「……やめて……やめてください! 離して!」      不意に人の悲鳴が上がった。  何事かと療が視線を向けると、今まさに粗暴な男達が、一人の美しい青年を裏路地へと引き摺り込もうとしているところだった。   「見ろよ、緑の髪だぞ……こりゃあ上玉だ」 「しかも顔立ちがいい。高く売れるぞ」 「それに華奢でいい身体をしている。『仕込み』の奴が羨ましい限りだ」    長い緑の髪が乱れ、抵抗する姿が目に飛び込んでくる。青年は怯えを隠せぬ表情で必死に抗っているが、体格差は歴然だった。  新手の『魔妖狩り』か。  療がまさに足を踏み込んで青年を助けようとした須臾。   「──その手を離せ」    あまりにも聞き慣れた声がして、療は思わず物陰に隠れた。ここに自分がいることを知られたくなくて、療は咄嗟に自分の気配を消す。自分が気配を読めるように、相手もまた療の気配が分かるからだ。   

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