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第23話 暖簾の紅 其の二

「──聞こえなかったか? その手を離せ」    現れた紫雨の声は低く冷淡で、研ぎ澄まされた刃そのもののように思えた。  男たちは顔を見合わせ、紫雨に向かって鼻で笑う。   「なんだ、旦那もこの綺麗どころと楽しみたいってか! 生憎だがこれは俺達の獲物だ」 「この緑髪は上玉だ。うちで『仕込み』すりゃあ、すぐに物になる。高値で売る際は是非とも買ってくだせぇ、旦那」  「へへ、肌も白ぇし、華奢な腰だ。きっと啼かせ甲斐がありますぜ」    下卑た声と笑いが飛ぶたびに、青年の肩がびくりと震え、頭を振る。  長い緑髪を乱しながら、必死に抗うその姿は痛々しい。細い指先が石畳を掻き、逃れようとしても屈強な腕に押さえ込まれてどうにもならない。   「……下衆共が」    紫雨の瞳が、氷のように細められた。  まさにその刹那。  青年の腕を掴んでいた男から、野太い悲鳴が上がった。  空気が一度だけ鋭く鳴り、鉄と血の匂いが薄く立つ。   男の手首が裂け、鮮血が石畳に飛んだ。  一閃とも云える太刀筋を、療は辛うじて目視する。だがいつ紫雨が愛刀を抜いたのか分からなかった。   「な、なにしやがる!!」 「──ひっ、ひぃ! あれは……っ!」    男の一人が紫雨の腰元を指差す。  それは彼が公用として城から出向く際に、いつも身に着ける玉佩だった。紅色の盤長の結び紐と金の玉石、そして飾り房が付いたそれは、紫雨の役職を表すものだ。  男達が目の前にいる壮年の美丈夫の正体に気付いた、その僅かな隙を紫雨は逃さなかった。  素早い身のこなしで剣の峰を使って、複数いた男達を次々と地に沈めていく。  やがて事態に気付いた宿衛兵が駆け付け、残党を押さえ付ける頃には、路地には呻き声だけが響いていた。  胸の前に手を組み礼をする宿衛兵のひとりに紫雨が軽く手で制すると、彼は青年の元へ歩み寄る。   「──っ!」    療は思わず息を詰めた。  紫雨が青年の細い肩を抱き寄せていたのだ。   (……まさか……この人が……)    紫雨の腕の中にいるこの青年が、噂のお見合い相手なのか。  足元から冷たいものが這い上がり、全身が一瞬で凍り付くかのような寒さを療は感じていた。  頭ではきっとそうなのだろうと確信する。  紫雨のような人が選ぶ相手は、身体が華奢で美しい容姿と長い髪をした者なのだと、何となく分かっていた。  分かっていたというのに、胸の奥では何かがぎしりと音を立てて軋むのだ。   

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