29 / 37

第28話 艶夢虚ろう 其の一

 紅麗の遊楼通りは、夜の帳が落ち始めるとともにその本性を現し、一段と艶と香を纏う。  二層から成る朱塗りの楼閣が立ち並び、金の飾りを施した欄干や門扉が紅の灯火に照らされ、煌びやかに輝いていた。  通りを彩る紅灯は使われている紙が違うのか、黄色から橙、深紅と様々な濃淡がある。中の焔の揺らめく(さま)は、これから訪れる人々の色を昂らせるかのようだった。甘い香りの薫香が漂い濃厚な酒の香りと混ざって、歩く者の心を蕩けさせる。  そんな夢心地の酔客を、巧みに引き寄せる見世の売り子の声。笛や鼓や琴の音がどこからともなく聞こえ、ふと視線を上げると二層の楼台から、煽情的な衣着を纏った遊楼の華達が手を振るのだ。  まさに「一夜の夢」を与える街に相応しい光景だった。    だが療の目にはそれらの全てが残酷なものに映った。  紅の明かりも、金のきらめきも、あの暖簾と重なって見える。紫雨が青年を抱き寄せ、優しい眼差しを注ぎながら奥へと消えていった、あの紅だ。   あの時に揺れていた暖簾の紅と、この街に溢れる紅をどうしても重ねてしまって、苦しくて仕方がない。  紫雨の優しい眼差しを見てしまった。自分に一度も向けられることのなかった、穏やかな笑みを見てしまった。自分には与えられなかったものが、あの青年には与えられていた。  滋養の薬の副作用について知っていながらも紫雨に話さず、幻影でもいいと代わりでもいいと縋りながら騙していた自分には、当然の報いだ。   (代わりだったオイラが、さらに代わりを求めるなんて……笑える……よね)    滑稽で惨めだ。  代わりでしかなかった自分が、今度は紫雨の代わりを探して、こうして夜の遊楼を彷徨っているのだから。  思えば紫雨への想いはまるで雪のようだったと思う。  ふわふわといつの間にか降り始めて、やがて落ちて形を失い、そこに在ったことなど誰にも知られないまま、ひとかけらずつ溶けていく。そんな不確かなものだという自覚はあったというのに。  彼の愛息が想い人と結ばれに旅立ったあの日、彼が一時の慰めを自分に求めたのは、事情を知っていて都合が良かったからだ。きっと一度だけの誘いなら、厄介な感情など積もらせずに割り切れただろう。

ともだちにシェアしよう!