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第29話 艶夢虚ろう 其の二

 何度も呼び出されて彼の熱を身体に受け止めた。自分を見てくれなくてもいいのだと思っていた感情が、回数を重ねる毎に変化し始めた頃、紫雨に本当の相手が現れた。  苦しくて苦しくて堪らなくて、それでも表面上の平静を保っていられることが可笑しくて、心の中で自分を嗤った。ほんの一瞬でも油断したら泣き崩れて、立ち上がれなくなりそうで怖かったのだ。  貴方が好きなのだと、自分を見てほしかったのだと、どうしようもない感情が嵐のように心に渦巻いている。  叶うはずのないものを、何度心の中で叫んだだろうか。  もしも彼が自分を見てくれたら、同じ気持ちを返してくれたら、どんなに幸せだろうか。その肌に触れて、接吻を交わしながら好きだと伝えられたら、どんなに幸せだっただろうか。   (だから……もう、忘れたい。誰でもいい。あの人じゃなくてもいい。愛されなくてもいい)    壊れるくらいに強く熱く抱かれたのなら、せめて一夜だけでも自分が必要とされてると夢を見ることが出来る。他の者の熱を感じている間は、あの紅を忘れることが出来る。  気付けば療はある遊楼の前に立っていた。  紅麗の遊楼は客の様々な要求に応え続けてきた歴史もあり、多様な趣向のある見世がたくさんある。  ここもそんな遊楼のひとつだ。  陰と呼ばれる男娼が、男性を相手に華を売る。しかも壮年の男娼ばかりを揃えた見世だった。  揺れる紅の暖簾の前でどうしようもなく立ち尽くす。  戻るのなら今だ、と心のどこかで何かが叫ぶ。この遊楼の向こうに広がる世界が、果たして自分にとって一夜の夢となるのかそれとも悪夢となるのか、検討も付かない。  だがこの紅はどんなに目を瞑っても消えない残像を脳裏に映し出す。  紫雨の腕に抱かれた青年、耳元で交わされる親密な声、あの優しい眼差し。茶屋の奥へ躊躇うことなく導く紫雨が、青年の腰を抱く姿。  信じたくなくても、ついさっき目にした現実だ。  このまま遊楼の中へと進めず立ち尽くしてしまえば、この心の焦燥と痛みと悲しみを、自分の中で風化するまで抱えるしかないのだ。そんな未来を想像するのも嫌だった。いつ終わるとも知れない焼け付く痛みを抱えて何年も過ごすのなら、いっそのこと一夜で全てを塗り潰して壊して欲しかった。

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