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第37話 艶夢虚ろう 其の十

 陰が横抱きにしていた療を、そっと紅の寝台に横たえた。背中に感じた寝台の柔らかな敷包布の感触と共に、陰の熱い体温が降りてくる。  押し倒されたというよりも、陰の身体の全てで療の身体をすっぽりと包み込まれたかのような、柔く穏やかな力だった。   (……初めてだ……)    こんな穏やかで優しい床入りなんて。  陰の温もりに包まれながら、療はふと紫雨との初めての目合いを思い出す。  彼は薬の副作用によって自分に愛息の幻影を見て、縋るように激しく求められた。あの時は必死だった。彼の愛息を演じる為に、初めてである自分を誤魔化して、痛みを快楽へとすり替えて。  次の日になると彼は全てを忘れ、夢だと思っていた。ならば一夜の夢だと割り切るつもりだったというのに、その後も呼び出されては忘れられることを繰り返した。閨も回数を重ねるごとに激しさを増していった。   (だから……)    胸の奥の崩れた場所を優しく繕うような、陰の穏やかさを帯びた抱き締め方にひどく癒される。  ふと上体を上げた陰に頬を撫でられた。  やがて指先が髪の根元をすくい、耳の後ろをなぞる。そのわずかな仕草が、胸の奥で波紋のように甘く広がった。  陰の長い金糸の髪が頬にかかり、熱を孕んだ息が肌を撫でる。   「は……」    その熱さに療は小さく息を漏らした。  涙に濡れた頬を、陰の唇が静かに拭う。そのまま額に接吻を落とし、こめかみを経て、再び頬へと降りてくる。   「……いまは泣いてください」    陰の言葉に療は、無言のまま頷いた。  ああ、泣いていいんだと。  一度崩壊してしまった感情が素直に従う。  きっと自分はずっと、泣きたかったのだ。   そう思うだけで涙は溢れて耳元を濡らす。陰の唇は涙の筋を追って慈しむように軽く吸い上げてから、くつりと笑った。   (……ああ、似ている)    その笑い方が、息遣いが、体温が。  目を閉じれば、紫雨の面影が浮かんでくる。  けれど目蓋を開けば、目の前には陰がいる。  あの人の幻を見ているのか、今ここにいる彼を見ているのか、自分でも分からない。  再び陰の唇が重なる。  幾度も軽く吸っては啄むような、優しい接吻だった。   それは慰めの口付けであるはずなのに、少しずつ胸が締めつけられる。   「……よろしいですか……?」    唇が触れるほどの距離で、陰が小さく囁いた。  その声は胸の奥の痛みに、そっと触れて撫でるかのような優しさを帯びている。療は溢れる涙をつつと流しながら、こくりと頷いた。   

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