39 / 43

第38話 艶夢虚ろう 其の十一

​ しゅるり、と。  腰紐を解く絹擦れの音が、静まり返った(とばり)の中でやけに大きく響いた。 ​ 衣着の合わせがゆっくりと開かれ、内側の熱を帯びた肌が夜の冷気にさらされる。  それだけで妙な心細さに襲われ、療はふるりと肩を震わせた。  その震えをあやすかのように、陰が療の身体をそっと抱き締める。逞しく、けれど自分を支配しようとはしない優しい腕。その中にすっぽりと収まってしまえば、全身を包み込む温かさに、療は張り詰めていた吐息を小さく零した。 ​ この夜が終われば、また元の冷たい現実に引き戻される。これはただの一時しのぎの慰めだ。そんなことは、傷だらけの心が痛いほど分かっていた。  だが、今だけでいい。  紫雨の冷え切った眼差しを思い出しては切り裂かれそうになるこの心を、あの青年に向けられた優しい笑みを、一人ぼっちの寂しさを、目の前の他者の温もりで強引に塞いでしまいたかった。 ​ 療の震えがゆっくりと治まるのを見計らって、陰が療の細い首筋に、そっと愛おしむような接吻(くちづけ)を落とした。    ​「あ……」    ​ 白く、柔らかな肉を軽く吸い上げながら、陰の唇は滑るように鎖骨へ、肩へ、そして胸元へと降りてくる。  その唇の軌跡を追うたびに、胸の奥が切なく疼いた。    ​「貴方は……とても綺麗ですね。白磁のように艶やかな肌に、ぷっくりと膨らんで熟した漿果のような濃桃色の胸の頂き、滑らかな曲線を描くこの細い腰。どれを取っても雄を煽る」    ​ 陰の熱い手が、その甘い言葉をなぞるように療の身体を撫で、まさぐった。大きな指先で胸の漿果をくるりと擽ったかと思うと、細い腰のまろい輪郭を、流れるような優しい手付きで愛でていく。   ​「それに薄い若草のような茂りの中で反り返る、初々しい桃色の楔。気付いてますか? 貴方の楔が甘そうな蜜を滴らせていますよ」  ​「……っ」   ​ 陰が療の下腹にすうっと指を滑らせると、そこから溢れ出ていたとろみのある蜜を、すくい上げるようにして優しく指先に絡めとった。   ​(……ああ、オイラは……結局……)   ​ あの人を想って、こんなにも泣き叫んでいるというのに。  身体を他の男に弄ばれ、あまつさえその手触りに快楽を覚え、熱を昂らせてしまっている。  かつて紫雨と交わした熱情が、他の雄の手によって呼び起こされていく感覚。己の不貞さと卑しさに、心と身体が別の生き物のように乖離し、引き裂かれていくような恐怖と自己嫌悪が襲う。  それでも、この泥のような快楽がなければ、今は息をすることさえできなかった。

ともだちにシェアしよう!