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第7話

 楽安街が黒炎軍に占拠されてから、もう五日が経った。  俺はため息をつきながら、軟禁されている部屋の窓から街の様子を眺めていた。俺たちが投げ込まれたのは役所の一室。ただの部屋を牢屋代わりにしているので、窓はあるし、寝床だってある。でも、扉の外には常に兵士が立っていて、勝手に出歩くことはできなかった。 「梁兄、大丈夫ですか……?」  温修明が心配そうに俺を見上げてきた。この子はいつだって俺のことを一番に考えてくれる。その純粋さに、胸が締め付けられる思いだった。 「大丈夫だよ、修明。なんとかなるって」  俺はできるだけ明るく温修明を励ました。ここ数日で「なんとなかなる」がすっかり口癖になってしまっている。  だが、窓から見える光景は暗いもので、残念ながら「なんとかなる」ような雰囲気ではない。かつては活気に満ちていた市場通りも、今ではすっかり荒れ果てている。黒炎軍の兵士たちが好き放題に店を荒らし、商品を奪い、酒に溺れている姿が見える。 (マジかよ……たった数日でこの街、こんなになっちゃったのか……)  情報屋を名乗ったことで命は助かったものの、こうして軟禁状態では何もできない。俺たちが商売していた活気ある通りも、もはや見る影もなかった。 「なんでこんなことするんでしょうか」  温修明が窓の外を見て呟いた。 「こいつらの大半はもともと犯罪者上がりだからな。規律も何もあったもんじゃない」  その通りだ。黒炎軍といえば、公式設定でも「各国から見捨てられた者たちの集まり」とされている。普通の軍隊とは違って、実力至上主義で指揮系統が不安定。つまり、強いやつが命令して、弱いやつが従う。それだけの集団だ。  しかし、もう一つ問題がある。  それは、黒炎軍は「物資不足が常態化しており、経済は常に破綻寸前」だということだ。ゲーム内でも、物資の調達が黒炎軍ルートでは重要な要素だった。略奪だけでは長続きしない。 「梁兄、僕たちはいつまでここに軟禁されるんでしょうか……」 「……」  正直、俺にも分からない。ゲームでは黒炎軍に捕まったら、そのまま黒炎軍ルートに入るんだけど、実際にそれが起きるとは思わなかった。ましてや、龍承業に直接捕まるなんて。 「失礼する」  いきなり聞こえてきた声に、俺たちは驚いて振り向いた。  部屋の入り口に立っていたのは、黒炎軍の参謀・郭冥玄(かく・めいげん)だった。彼は俺たちをじっと見つめている。その瞳には感情が感じられず、彼が何を考えているのか全くわからない。 「(かく)参謀……」  俺は慎重に言葉を選んだ。 「何かご用でしょうか」 「ふむ」  彼はゆっくりと部屋に入ってきた。 「少し話がしたくてな」  郭冥玄は窓の方へ歩み寄り、外の光景を眺めた。 「我が軍による占拠の様子をどう思う?」  突然の質問に、俺は一瞬言葉に詰まった。正直に答えれば命はないかもしれない。かといって、媚びへつらうのも胡散臭いと思われるだろう。 「率直に言えば……効率が悪すぎると思います」 「ほう?」  郭冥玄が眉を上げた。 「どういう意味だ?」 「今のやり方では、略奪に頼りすぎています。物資はいずれ底を尽きます。それに……」  俺は窓の外を指差した。 「街の治安を守らなければ、いずれ市民の反発を買うことになります。内乱の危険性すらあるでしょう」  郭冥玄はしばらく黙って俺を見つめていたが、やがて小さく頷いた。 「その通りだ。私も同じ懸念を持っている」  彼は部屋の中を歩き回りながら話し始めた。 「黒炎軍は常に物資不足と資金不足に悩まされている。軍規は厳しいはずなのだが……」  彼は窓の外を見て、ため息をついた。 「目を離せばすぐに暴力的な手段で略奪を繰り返す。総大将・龍承業様の威光をもってしても、完全には抑えられん」 (へえ、内情を話してくれるとは……) 「そこで、お前に相談だ」 「え?」 「お前は自分を情報屋と名乗った。なら、この街の事情にも詳しいだろう」  郭冥玄が俺を見つめた。 「資金調達の良い方法はないか?」  その眼差しには明らかに不信感が含まれていた。俺たちのことを本当に信頼しているわけではない。それでも、彼にとって俺たちは「使える駒」なのだろう。 (これは……チャンスかも?)  俺は考えた。このまま軟禁されていては何もできない。逃げ出すのも無理だ。黒炎軍は街の主要な出入口、つまり城門や橋を全て封鎖している。広場や役所など行政機関も押さえられているので、抜け道なんてない。  だったら、この状況を利用するしかない。 「資金調達……ですか」 「そうだ」  俺はゆっくりと頷いた。 「それなら心当たりがあります。この街には劉金達(りゅう・きんたつ)という高利貸しがいます。野心家で、権力に弱い男です」  郭冥玄は興味を示した。 「ほう、その男から資金を調達できると?」 「はい。彼に地位を約束する形で資金提供を受けられるはずです。例えば、『黒炎軍治下の楽安街財務官』といった肩書きでも、彼は喜ぶでしょう」  俺がそう言うと、郭冥玄は考え込むように顎に手を当てた。 「なるほど……悪くない案だ」  そう言った彼の顔には、まだ疑念が残っていた。 「だが、なぜお前がそのような提案をする。我々の敵ではないのか?」 「敵も味方もないですよ、ビジネスの世界では」  俺は肩をすくめた。 「それに、この状況では俺たちの命運も黒炎軍に掛かっています。黒炎軍が豊かになれば、俺たちも安全でいられる」  これは半分本音、半分建前だ。命を守るためには黒炎軍に協力するしかない。でも、本当の目的は俺と温修明が生き残ること。そのためにはどうすればいいか……。  郭冥玄は一瞬だけ笑ったかと思うと、すぐに真面目な表情に戻った。 「いいだろう」  彼は言った。 「ならば、その男を勧誘してこい」 「え?」 「お前たちが自ら行け。我々が出向けば、ただの脅迫になる。お前たち商人の言葉なら、交渉になるだろう」 「でも、俺たちは軟禁されていて……」 「今から解放してやる。但し、夕方までに結果を持って戻ってこい。さもなくば……」  言葉の続きは言わなくても分かった。命はないということだ。 「分かりました」  俺は温修明の方を見た。彼は怯えた様子だったが、それでも俺の隣にしっかりと立っていた。その姿に、少し勇気をもらった気がした。 「じゃあ、行ってきます」  郭冥玄は頷き、兵士に命じて俺たちを外に出すよう指示した。 「期待しているぞ、梁易安」

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