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第8話

 俺たちは久しぶりに外の空気を吸った。  もしかしたら逃げられるかもと思ったが、自分たちの背後にはずっと尾行する兵士たちがついていた。当然、監視がいるというわけだ。これでは逃げられそうにない。  逃亡は早々に諦め、俺たちは当初の目的通り、高利貸しのいる屋敷を目指すことにした。 (あのゲームの高利貸しか……確か、西区の裏通りにいたはず……)  ゲーム内の記憶を手掛かりに、俺は温修明と共に高利貸しの元へと向かった。街はすっかり荒れていた。至る所で黒炎軍の兵士が住民を脅している。酒に酔った兵士たちが女性を追いかけ回す姿も見える。 「ひどい……」  温修明が小声で呟いた。 「ああ……」  俺たちが商売をしていた通りを通ると、露店はことごとく荒らされていた。あの日、俺たちが絹を売っていた場所にも、今は何もない。  西区に到着すると、道はさらに細く暗くなった。黒炎軍の兵士の姿も少なくなる。代わりに、物陰に隠れるようにして暮らす住民たちの姿があった。彼らは俺たちを見ると、すぐに視線を逸らした。恐怖に支配されているのだ。 「あそこだ」  俺は指を指した。木の格子窓が特徴的な二階建ての家。入り口には黒炎軍の兵士が二人立っている。どうやら、この家も接収されたらしい。 「大丈夫でしょうか……」  温修明が不安そうに尋ねた。 「なんとかなるって」  俺は自信なさげに笑った。  俺たちは兵士に声をかけ、劉金達との面会を求めた。最初は怪しまれたが、郭冥玄の名前を出すと、すぐに通してくれた。  中に入ると、豪華な家具が並ぶ応接間に案内された。そこにいたのは、太った中年の男。派手な服を着て、体の至るところによくわからない装飾品をつけている。見るからに成金の風体だ。 「何の用だ?」  彼は不機嫌そうに言った。 「劉金達様でいらっしゃいますね」  俺は丁寧に頭を下げた。 「俺は梁易安と申します。こちらは温修明。黒炎軍・郭参謀の命により、ある提案をしに参りました」 「黒炎軍か……」  劉金達の顔が曇った。 「あの野蛮人どもが、私の家も占拠しおって……」 「それは残念なことです」  俺は同情するように言った。 「しかし、黒炎軍と協力すれば、あなたに大きな利益がもたらされると思いますが」 「何?」  彼の目に興味の色が灯った。 (よし、食いついてきた!)  俺は郭冥玄から聞いた黒炎軍の財政事情を説明し、劉金達に資金提供を依頼した。その見返りに、黒炎軍占領下の楽安街における財務官の地位を約束すると伝えた。 「ほう……」  劉金達は顎をさすった。 「それは魅力的な話だが……黒炎軍は信用できるのか?」 「彼らは今、変革の時期にあります」  俺は真面目な顔で言った。 「略奪だけでは長続きしないことを、郭冥玄様も理解しています。だからこそ、あなたのような有力者と手を組みたいのです」 「なるほど……」  劉金達はしばらく考え込んでいたが、やがて頷いた。 「わかった。協力しよう。だが、私だけでは街全体の資金は賄えん。他の有力者たちも巻き込む必要がある」 「それはご存知なのですか?」 「ああ」  彼は頷いた。 「この街の商業組合の組長や、元役人たちならば、資金力がある。だが、彼らを説得するには……」 「何でしょう?」 「黒炎軍による無意味な暴力を止めさせる必要がある」  劉金達は窓の外を見た。 「あの略奪や暴力が続く限り、誰も協力しないだろう」 (まぁ、そりゃそうだよな……) 「分かりました。それは私から龍承業総大将に直接進言してみます」  その言葉に、劉金達は驚いた顔で俺を見た。 「お前、龍承業に直接話ができるのか?」 「ええ……まあ」  俺は曖昧に答えた。前回の命がけの交渉を思い出しながら。 「ふむ……お前、見かけによらず面白い男だな」  劉金達は笑った。 「では、期待しているぞ」  俺たちは劉金達と握手を交わし、その場を後にした。  ◆◆◆ 「上手くいきましたね!」  温修明が小声で喜んだ。 「ああ……でも、これからが問題だ」  俺は役所に戻りながら、龍承業との対面を考えると胃が痛くなった。あの恐ろしい男に、どうやって略奪をやめるよう説得するんだ?  役所に戻ると、郭冥玄が待っていた。俺は劉金達との交渉の結果を伝えた。 「なるほど、うまくいったか」  彼は満足そうに頷いた。 「だが、略奪行為を控えるように……か」 「はい。それが交渉成立の条件です」  郭冥玄は難しい顔をした。 「それは龍承業様に言うしかないな」 「しかし、俺が直接進言するのは……」 「いや、お前が直接言え」 「え?」 「お前が言ったほうが良い」  郭冥玄は皮肉っぽく笑った。 「私が言っても聞き入れられないだろう。お前は『外部の視点』として、言いやすいのではないか?」 (丸投げかよ!?) 「……分かりました」  郭冥玄は満足そうに頷いた。 「では、今夜、総大将の元へ行くがよい。太守の館の最上階だ」  ◆◆◆  俺は重い足取りで部屋に戻った。温修明は心配そうに俺を見つめていた。 「どうしたんですか?」 「……龍承業に会いに行かなきゃならないみたいだ」 「え!?」  温修明の顔が青ざめた。 「あの……恐ろしい方に?」 「ああ」  俺は窓の外を見た。日が沈み始めている。まもなく夜になる。 (マジで最悪の展開じゃねえか……)

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