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第12話

 翌朝、俺たちは郭冥玄に呼び出された。 「金貨千枚の調達方法は考えたか?」  どうやら彼は昨日の話の続きを期待しているようだ。彼だってその命令がいかに無謀で無茶なのかわかっているだろうに、さも当然のように尋ねてくるのが腹立たしい。 「はい、少し心当たりがあります」  俺は郭冥玄の前で頭を下げた。 「ですが、それには街の外に出る必要があります」  郭冥玄は眉をひそめた。 「ほう、どこへ行く気うやだ」 「東越国の瑯琊(ろうや)という都市にある賭博場に行けば、短期間で大金を稼げる可能性があります。もちろん、監視をつけていただいても構いません」 「……瑯琊に賭博場? 聞いたことがないな」 「一般には隠された場所です。私は情報屋なので知っていますが」 「ふむ……」  郭冥玄は考え込むような表情になった。明らかに俺を信用していない様子だ。 「わかった。玲蘭の同行は予定通りだ」  玲蘭の件は昨日既に伝えていたが、彼は念を押すように言った。 「既に準備はしてある。彼女は今日から君たちに付き添う。街の中でも外でも、常に監視させる」 「わかりました」  俺は了承の返事をした。拒否権などなかった。 ◆◆◆  部屋に戻ると、すでに玲蘭が待っていた。 「遅い」  たった一言だけ言って、彼女は不機嫌そうに腕を組んでいる。長い黒髪と白い肌、そして何より目を引くのは、彼女の着ている衣装の露出度の高さだ。胸元が大きく開いた黒い衣装は、まるで「私は悪役です」と主張しているようなデザインである。 (ゲームの立ち絵で見るより、リアルの彼女の方がインパクトあるな……) 「あの、玲蘭様ですよね? よろしくお願いします」  俺が頭を下げると、彼女は鼻で笑った。 「用が済んだら帰るだけだ。それまで逃げるなよ」 「はい……」  一方、温修明はいつもと変わらない笑顔で彼女に近づいた。 「はじめまして、温修明と申します」  玲蘭は一瞬だけ戸惑ったような表情を見せたが、すぐに冷たい表情に戻った。 「無駄な話はやめろ。さっさと準備しろ」 「はい!」  温修明は明るく返事をして、すぐに荷物をまとめ始めた。あの子は本当に純粋だ。  玲蘭の監視のもと手早く準備を終えた俺たちは、そのまま東越国へ向かう馬車に向かった。朱塗りの門の下で待つ東越国行きの乗合馬車は、既に旅人たちで賑わっていた。車体は青竹で編まれた屋根に鮮やかな緋色の布が張られ、赤い房飾りが風に揺れている。  俺の計画は単純だ。東越国のにある瑯琊という都市に行き、そこにある地下賭博場で一発勝負をする。ゲーム内では特定のイベントを経た後でないと入れない金策用の施設だが、イベントを経ていなくてもダメ元で突撃してみるつもりだ。 「一つ聞いておくが」  馬車が動き出してしばらく経ったころ、玲蘭が突然口を開いた。 「昨夜、龍承業様と何があった?」  その質問に、俺は思わず息を呑んだ。 「え?」 「装うな。龍様は昨夜、お前と会った後、ずいぶんと機嫌が良かった」  彼女の鋭い眼差しに、俺は思わず体が強張った。 「お前に会う前は、とても機嫌が悪かったのに」 (自分と会って、あんなことして、機嫌がよくなった……だと?)  龍承業の考えがさっぱりわからないが、とにかく奴がドSであるということは間違いない。俺は自分の動揺が悟られないようごく普通を装いながら、玲蘭に応えた。 「た、ただの……交渉です。略奪を控えるよう説得しただけですよ」 「そうか」  玲蘭は一瞬俺を見つめたが、それ以上は追及しなかった。だが、彼女の視線には明らかに疑念が残っていた。  馬車の中は他の乗客もいて、少し窮屈だった。そして、当然といえば当然だが、玲蘭の露出度の高い服装は周囲の視線を集めていた。男性たちは彼女をじろじろ見ており、それに気付いた温修明が突然立ち上がる。 「皆さん、女性をそのように見るのは大変失礼です!」  温修明の声に、男たちは恥ずかしそうに視線を逸らした。 「別に構わん」  玲蘭が冷たく言った。 「見られて困るような服は着ていない」 「いいえ!どんな服を着ていても、あのように見られるのは失礼なことです」  温修明の真剣な表情に、玲蘭はぽかんとした表情を浮かべた。彼女はこれまで「恐れられる存在」「武器」として扱われることはあっても、一人の「女性」として気遣われたことはなかったのだろう。 (すげえな、修明……なんというか、『まっすぐ』だわ……)  俺はそんな温修明を心から素直に尊敬した。彼の人懐っこさや純粋さは、この複雑な世界では貴重な才能かもしれない。  二日間の道中を経て、俺たちは東越国の街・瑯琊(ろうや)に到着した。東越国は「知と謀略の国」と呼ばれるだけあって、建物の造りも洗練されており、街の人々も教養があるように見える。 「賭博場はどこにあるんだ?」  玲蘭が尋ねた。 「地下にあります」  俺は自信たっぷりに答えた。 「入口はある酒楼(しゅろう)の中にあるんですよ」  俺たちは人混みをかき分けながら、目的の酒楼を目指した。ゲーム内での記憶を頼りに、裏路地に佇む小さな酒楼を見つけた。 「ここですね」  扉を押し開けると、酒楼の中は別世界だった。低い天井から吊るされた竹製の灯籠が琥珀色の灯りを投げかけ、木彫りの欄間からは煙草と香木の煙が渦を巻いていた。隅の方では琵琶の音色が柔らかく響き、老練な楽師の指が弦を奏でている。  俺たちの姿を見つけ、酒楼の奥から店主と思しき男が出てきた。ゲーム内の知識では、この店主に合言葉を言えば地下賭博場に案内してもらえるというシステムだったはず。俺は慣れない場所に緊張しながらも、ゲーム内で使っていた合言葉を店主に伝えた。 「──浮雲の影に真実あり」  しかし、店主は怪訝な顔をして首を傾げた。 「いかがしましたか、お客様?」 (あ、あれ、違ったか?)  焦る俺の横で、玲蘭が苛立たしげにため息をついた。 「やはりデタラメだったか」 「ちょ、ちょっと待って! もう一度だけチャンスをください!」  俺は必死に記憶を探った。ゲーム内のイベントでは、合言葉が定期的に変わるシステムだった。もしかしたら…… 「つ、月の光に酒を注ぐ!」  店主はやはり首を傾げたままだ。 「あの……お客様、どのようなご用件でしょうか……?」 「うううっ。えっと……じゃあ……」  絶体絶命のその時、店の隅から一人の青年が立ち上がり、俺たちに近づいてきた。 「興味深いフレーズを口にしているな、旅人よ」  二十代半ばくらいの、知的な雰囲気を持つ美青年だった。彼は俺たちを見定めるように眺め、そっと耳打ちした。 「今の合言葉は『波紋の向こうに宝あり』だ。だが君は『月の光に酒を注ぐ』と言った。これは三日後に切り替わる予定の合言葉だ」 (マジか……ゲーム内の知識が先に進みすぎちゃってたんだ!) 「なぜそれを知っている?」  青年は鋭く俺を見つめた。 「そうですね……それが知りたければ、賭博場に案内してください」  俺は精一杯の自信を込めて返した。青年は少し考え込むと、静かに頷いた。 「面白い。ついてきたまえ」  青年の案内で、俺たちは店の奥にある隠し扉から地下へと続く通路に入った。賭博場まであと少しだ。俺は緊張で手に汗を握りながらも、計画の第一段階が成功したことにほっとした。 (よし…なんとかなりそうだぞ!)

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