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第14話
賭博場を後にした俺たちは、人目を避けるように街の裏路地を通って移動した。玲蘭の幻術のおかげで追っ手から逃れることができたが、それでも緊張感は拭えない。
夜が更けるにつれて、瑯琊の街は静かになっていった。とはいえ俺たちは宿を取ることもできず、廃屋のような建物に身を潜めることにした。
「ここで一晩過ごして、明日朝早く楽安街へ戻るぞ」
玲蘭が言った。
温修明は疲れたのか、壁にもたれて眠りかけていた。その無防備な寝顔を見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになる。まさか彼をこんな逃亡劇につき合わせてしまうなんて……
「しかし、お前はなぜあの賭場で金貨を五百枚しか要求しなかった? どうせ請求するなら金貨千枚分要求してしまえばよかったではないか」
玲蘭が突然尋ねてきた。
「あれがあそこでの最高掛け金だったんだよ」
「最高掛け金?」
「ああ、ゲーム……じゃなくて、情報によると、あの賭博場では一度に賭けられる金額の上限が金貨五百枚なんだ。それ以上は受け付けてくれない」
そもそも金貨五百枚というのは、この世界の感覚でかなりの金額だ。いくらゲームの中ではできたとはいえ、そんなに高額な賭け金が実際に成立するかどうかも、実は結構な賭けだった。うまくいったから良かったものの、失敗していたらどうなってたことか。
俺は思わず苦笑いし、玲蘭はそんな俺をじっと俺を見つめ、少し考え込んでから言った。
「変な男だな、お前は」
彼女のその言葉に、少し照れくさい気持ちになった。たぶん貶されているような気がするけど。
◆◆◆
翌日、俺たちは早朝から移動を開始した。東越国から楽安街までの道のりは約二日。馬を駆って急げば一日の距離だが、俺も温修明も馬の扱いに慣れていない。結局、人目につかないように裏道を通りながら、竹林や雑木の生い茂る山道を慎重に進んだ。
野宿を挟み、一行はようやく楽安街にたどり着く。
「玲蘭さん、本当にありがとうございました」
別れ際、温修明が彼女に丁寧にお辞儀した。
「あなたの力がなければ、私たちは捕まっていました」
玲蘭は少し戸惑ったような表情を見せたが、すぐに冷たい表情に戻った。
「主の命令だ。礼を言うなら龍承業様に言え」
そう言って彼女は先に行ってしまったが、その態度が今までより少し柔らかくなったような気がした。
彼女と別れた後、俺たちはすぐに郭冥玄のいる屋敷に向かった。
郭冥玄の執務室の戸を叩くと、中から低い声が応えた。部屋に入ると、彼は竹簡に朱筆で何かを書き付けながら、ちらりと俺たちを見た。
「戻ったか。何か成果はあったか」
郭冥玄の声が、部屋の中で静かに響く。
「金貨五百枚を得ることができました」
俺は麻布の袋を差し出した。金貨が詰まった袋はずっしりと重い。
郭冥玄はそれを受け取り、机の上に広げて中身を確認すると、一瞬、驚いたような表情を見せた。
「こんな短期間でよく手に入れたな……」
彼の声には、わずかな感心が混じっているように聞こえた。そりゃそうだ、本来ならゲーム終盤にしか行けない金策施設に無理やり突入して金をぶんどってきたのだから。もっと褒めて欲しい。
「約束は千枚にはまだ足りないですが、まずこちらをお納めします」
「……この金額なら一人だったら解放できる。どちらを解放してほしい」
俺は迷わず答えた。
「温修明を解放してください。彼には罪はありません」
しかし、隣にいた温修明がすぐにそれを遮った。
「いいえ、僕は彼と行動を共にします。僕一人だけを解放するというのなら、僕はそれを拒否します」
温修明の決意に満ちた声に、郭冥玄は眉を上げた。
「ほう、義理堅いな」
そうつぶやくと、郭冥玄は少し考えてから言った。
「では、こうしよう。お前たち二人はまだ捕虜だ。しかし、楽安街の城壁の内に限り、ある程度の行動の自由を認めよう」
彼は机の上の青銅の印を取り上げ、手の中で転がした。
「ただし、あくまでお前たちはまだ『捕虜』だ。何かお前たちにやってほしい仕事があったら呼びつけるから、そのつもりでいるように」
「かしこまりました、ありがとうございます」
俺たちが頭を下げると、郭冥玄は俺たちに興味がなくなったように再び竹簡に目を向けた。
外に出ると、夕暮れの空気が肌に心地よかった。通りには灯籠の灯りが一つ二つと灯り始めている。
俺は頭を悩ませた。さて、残り五百枚の金貨はをどうやって調達しようか。ゲーム内にある賭博場以外の金策といえば、あとは交易か魔物退治くらいしかない。商人という立場からすれば交易で稼ぐのが順当だが、交易は時間がかかりすぎる。今から始めても半年の期限ではそこまで稼げない。
では魔物退治? 笑わせるな。俺の戦闘力は25という低レベル。弱い魔物やモブ兵士ならいざ知らず、少し強い魔物が出てきたら即死だろう。
俺は先の見えないこれからの金集めのことを考え、無意識に大きなため息をついていた。
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