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第16話
「なんか良い金策ないかなぁ……」
部屋の寝台に横になりながら、俺はぼんやりと天井を見つめた。龍承業に休みをもらったのはいいものの、俺は何もいい金策が思いつかず、寝台で時間を無駄に費やしていた。
「梁兄、何か考えがあるんですか?」
温修明が心配そうに尋ねてくる。
「いや、まだなんとも……」
俺がそんな返事をしたとき、部屋のドアが勢いよく開いた。顔を上げると、郭冥玄が息を切らせて立っていた。普段は冷静沈着な彼が慌てた様子で現れるなど珍しい。
「なんだ?」
「緊急事態だ」
郭冥玄の表情は硬く、額に浮かぶ汗が彼の焦りを物語っている。
「東越国の軍が動いた。こちらに向かっているらしい」
「えっ?」
「どうやら、賭博場の一件が原因らしい。お前が顧明遠の面子を潰したからな」
(ま、マジかよ……)
俺の頭の中が急速に回転し始める。確かに、よく考えると顧明遠は東越国の財務官。つまり、高官だ。その彼の面目を潰せば、国を挙げての報復があってもおかしくない。
郭冥玄は眉間にしわを寄せ、厳しい目つきで俺を見据えた。
「お前にも責任がある。軍議に参加してもらおう」
「えっ、俺が?」
身体がピクリと跳ねる。
「そうだ。総大将もそれを望んでいる」
(龍承業が……?)
あの男の名前を聞いただけで、体が硬直する。嫌だと断りたいものの、捕虜という立場と、情報屋であると名乗っている手前、総大将に呼ばれたら参加しないわけにはいかない。
軍議の場は、役所の大広間だった。高い天井から吊るされた灯籠の炎が揺らめき、壁に取り付けられた松明が空間を赤く照らしている。
既に多くの将兵が集まっており、甲冑に身を包んだ逞しい男たちが不安げに囁き合っている。中央には大きな地図が広げられ、小さな木製の駒が軍の配置を示していた。
そして、一番奥の主座に座していたのは――龍承業だ。
「来たか」
龍承業の低い声に、全身が緊張するのを感じた。彼の鋭い眼差しが俺を捉え、じっと観察しているようだった。今日の彼は全身を黒い甲冑で固めており、その姿はまさに「黒龍将軍」の名に相応しい。
「座れ」
龍承業の隣の席を示され、俺は困惑しながらも言われた通りに座った。
周囲からの視線が痛い。なぜ俺のようなよくわからん商人が総大将の隣に? と思われているのだろう。俺だってそう思う。彼らの疑念の視線が背中に突き刺さるようだ。
軍議が始まった。重く沈んだ空気の中、郭冥玄が報告を始める。東越国は既に廃墟となった崑山 都市跡に陣を張っているらしい。偵察隊の報告によれば、彼らは内部に立てこもり、黒炎軍の侵攻を待っている様子だという。
その情報を聞いた瞬間、俺の脳裏にゲームの記憶が蘇った。
(崑山の戦い……!)
この都市は地下水脈が複雑に入り組んでおり、建物の基礎も脆弱になっている。ゲーム内での「崑山の戦い」では、東越国はわざと敵に都市内に攻め込ませ、劣勢を装って退却する。それを追撃しようとした黒炎軍に対し、地下を崩落させ、軍の大半を廃虚の都市ごと埋める作戦を実行する。かなり大がかりな策だ。
それが原因で、黒炎軍は大打撃を受けることになる。ゲームプレイ時はこの戦いで何度もゲームオーバーになった記憶がある。軍の大半が倒れ、残りも各個撃破されていく……
「すでに東越国との小競り合いは始まっている」
郭冥玄が報告した。周囲の将兵たちが騒めく。
「彼らは自身らが劣勢とみるや、都市に引きこもっているようだ」
(まさにゲーム通りの展開だ……)
頭の中で警報が鳴り響く。これは完全に罠だ。ゲームでの記憶が鮮明によみがえる。
周囲の将兵たちは「好機だ」「一気に叩き潰せ」と口々に言っている。彼らの目は勝利への渇望で輝き、兜の下から興奮した表情が見える。この状況で黙っていれば、彼らは確実に罠にはまる。
(どうする? 言うべきか?)
額から冷や汗が流れ落ちる。このまま黙っていれば、黒炎軍は壊滅的な打撃を受ける。そうなれば、俺と温修明は軍の混乱に乗じて逃げられるかもしれない。けど──
考えを巡らせていると、突然首筋に視線を感じた。恐る恐る顔を向けると、龍承業の鋭い眼差しが俺に向けられていた。
その瞳は何かを見透かすように俺を見つめ、まるで俺の心の中を読み取ろうとしているようだった。
「お前はどう思う?」
「え?」
「商人ならば、この状況をどう見る?」
龍承業は冷静に尋ねた。彼の声に感情はなく、純粋に俺の意見を求めているようだ。
全員の視線が俺に集まった。その重圧に押しつぶされそうになる。逃げられない。
意を決して口を開く。
「罠だと思います」
部屋に静寂が広がった。一瞬にして将兵たちの囁きが止み、針が落ちる音さえ聞こえそうな静けさが訪れる。
「なぜそう思う?」
龍承業が尋ねた。その瞳に興味の色が浮かんでいるのを見える。
「崑山都市は地下水脈が複雑に入り組んでいます。しかも建物の基礎も脆弱になっている。東越国が劣勢を装い、わざとこの都市に引きこもっているのは、黒炎軍を誘い込むためではないでしょうか」
自分でも驚くほど冷静な声が出た。
「その証拠は?」
龍承業が問い、郭冥玄が不機嫌そうな表情を浮かべているのが見えた。しかし今は引き下がれない。
「小競り合いで彼らが劣勢を装っていること自体が不自然です。なぜ彼らは正面から戦わず、都市に引きこもるのか。それは、都市の構造を利用した罠を仕掛けているからです」
俺はさらに説明を続けた。声が少しずつ強くなっていく。
「おそらく、彼らは私たちが都市内に侵攻した後、地下を崩落させ、軍の大半を廃虚ごと埋める作戦を立てているのではないでしょうか」
龍承業は眉を寄せた。郭冥玄は複雑な表情で俺を見ている。
「そこまで言うなら」
龍承業が立ち上がった。彼の甲冑がわずかに軋む音がする。
「お前も戦場に連れていく。その策が本当かどうか、自分の目で確かめるがいい」
「え、俺を戦場に?」
思わず声が上ずった。冗談じゃない、戦闘力25の俺が戦場なんかに行ったら、まともに戦うこともできずに殺されるのが関の山だ。
とはいえ、龍承業に名指しされてしまえば逃げらることなどできない。龍承業の鋭い視線に貫かれ、俺は震える声で答えるしかなかった。
「わ、わかりました……」
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