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第21話

「よし、これで報告書は終わりだな……」  俺は書類に最後の一筆を入れ、軽く伸びをした。朝から夕方まで黒炎軍戦闘部隊の編成表を作り直していたおかげで肩がガチガチになっている。 「いやぁしかし、まさか『黒炎軍所属・軍師』なんて地位をもらえるとは思わなかったよなぁ……」  ちょうど一週間前、崑山の戦いでの貢献を認められ、龍承業から正式に軍師の地位を与えられたのだ。このおかげで身分証的なものも発行され、軍内を比較的自由に動き回れるようになった。 「『軍師・梁易安』か……なんかしっくりこないんだよなぁ……」  軍師といっても、現実的には「龍承業の右腕」というよりも「物資管理と経済アドバイザー」みたいな感じだ。まぁ、怪しげな商人に戦術的な助言なんか期待されてないのは当然か。  ちなみに幸運にも温修明は「黒妖妃・玲蘭に気に入られている」という特殊な立場により、特に何の地位も与えられずとも軍内での居場所が確保されていた。あの恐ろしい黒妖妃を懐柔したというだけで、周囲からは「ただものではない」と一目置かれているのだ。 「でも本人は全然気づいてないんだよな……」  温修明は相変わらず人懐っこく純粋そのもので、黒炎軍の物資調達の仕事に一生懸命励んでいる。軍内ではすっかり「物資調達の天才」として名が知れ渡っているようだ。彼のおかげで、黒炎軍の物資事情は少しずつ改善されつつある。  思い出すと、ついこの前もおもしろい出来事があった。玲蘭が温修明からもらった小さな髪飾りを身につけていたのだ。赤い小花の形をした可愛らしいそれは、温修明が「東越国の賭博場で玲蘭さんに助けてもらったお礼」として贈ったものらしい。 「あの恐ろしい黒妖妃が、あんな可愛らしい髪飾りをつけているなんて……」  しかも毎日肌身離さず身につけているというから驚きだ。兵士たちの間では「あんな可愛らしいものを黒妖妃に渡すなんて、温修明さんはどんだけ勇気があるんだ…!」と陰で英雄視されているという。本人は何も知らないだろうけど。  一方、俺の評価は……というと…… 「はぁ……」  決して高くない。いや、むしろかなり低い。 「龍承業に殺されたくなくて口先だけで忠誠を誓っている」 「ちょっと役に立つからってのさばりすぎ」 「どうして総大将があんな男を側近にするのか理解できない」  こんな陰口を何度聞いたことか。まぁ、確かに最初は「殺されたくないから」という理由で黒炎軍にいたのは事実だけど、今はもう少し複雑だ。龍承業の過去を知ってしまった以上、彼のことを単なる「悪役ボス」としては見られなくなってきている。  それに、あの時のキスのことも頭痛の種だ。考えるたびに顔が熱くなる。どう受け止めればいいのかわからない。もともとは「早く逃げ出したい」と思っていたのに、今は「彼の助けになりたい」という気持ちが芽生えている自分がいる。おかしい。  とはいえ、そんな内心の変化は周囲には伝わらないわけで、俺はいまだに「龍承業の気まぐれで側近になった怪しい男」という評価から抜け出せていない。 「まぁいいさ。とりあえず楽安街の復興計画を進めないと……」  俺は手元の地図に目を落とす。楽安街は黒炎軍に占拠されてから数週間が経ち、少しずつだが元の活気を取り戻しつつあった。龍承業が略奪行為を禁止してからは、街の治安も改善している。  それでも、黒炎軍に対する警戒心はまだ解けていない様子だ。商人たちは必要最低限の商いしかせず、本当の意味での「活気」には程遠い。 「あの頃の賑わいを取り戻すには何か思い切った施策が必要だな……」  そう思い悩んでいるうちに、俺はふと、ゲーム内のあるイベントの存在を思い出した。 「そうだ、商業都市作成イベント!」  俺は思わず声を上げた。商業都市作成イベントは、ゲーム内では商人キャラ専用のイベントだった。文字通り、特定の都市を商業都市として発展させていくというものだ。  これは商人キャラが所属国でそれなりの地位を得たときに発生するイベントで、特定の街を「商業特区」として指定し、商売に関わる税金を安くしたりして人の出入りを増やすというものだった。 「たしかゲームだと、最初は税収が減るけど、長期的には商人の集まりによって街が豊かになって、逆に税収が安定するって設定だったはずだ」  もちろんデメリットもある。税金が減る分、短期的には財政が厳しくなる。安全確保のための兵力も必要になる。そして何より、商人たちが集まれば情報も集まるため、諜報活動の標的にもなりやすい。 「でも、今の黒炎軍の状況を考えれば……」  物資不足と資金不足に悩む黒炎軍にとって、安定した税収源が確保できれば大きなメリットになる。しかも、商業都市が繁栄すれば、黒炎軍の評判も少しは改善するかもしれない。 「よし、龍承業に進言してみよう!」  俺は決意を固め、書類をまとめ始めた。龍承業に話を通すためには、しっかりとした計画書が必要だ。財政の見通し、必要な兵力、想定される利益……ゲームの知識と現実のビジネス感覚をフル活用して、説得力のある提案を作らなければ。 「でもやっぱり、一番難しいのは彼を説得することだよなぁ……」  龍承業は合理的な判断ができる人ではあるが、それでも目先の利益を手放すことに対しては抵抗がありそうだ。特に税収減というデメリットをどう説明するかが課題だろう。 「彼を説得できなかったら……」  思わず顔が熱くなるのを感じた。もし説得に失敗したら、またこの前の夜みたいに、あれやこれやされてしまうのではなかろうか…… 「あーもう、考えるのをやめよう! とにかく計画を練るんだ!」  頭を振り、俺は集中して計画書の作成に取り掛かった。

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