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第22話

 数時間後、完成した計画書を手に、俺は龍承業の執務室の前に立っていた。 「よーし、大丈夫、営業時代通りやればいいんだ……」  深呼吸して扉をノックする。 「入れ」  低く響く声に、俺は扉を開けた。中では龍承業が書類に目を通していた。彼は顔を上げることなく、手だけを動かして入るよう促した。 「何の用だ?」 「はい、楽安街の復興計画について提案があります」  龍承業はようやく顔を上げた。彼の鋭い目が俺を捉える。 「ほう?」  そう言って彼は手元の筆を置き、椅子に深く腰掛けた。この態度は「話を聞こう」という意思表示だ。  俺は緊張しながらも、計画書を広げ始めた。 「楽安街を商業特区として指定し、商業都市として発展させる計画です」  龍承業は眉を寄せた。 「商業特区?」 「はい。具体的には、商売に関わる税金を大幅に削減し、商人たちの流入を促進します。最初の3ヶ月は税収が減りますが、4ヶ月目以降は増加に転じると試算しています」  龍承業は計画書に目を落とした。彼の表情からは何も読み取れない。 「税収を減らすということか」 「はい、短期的にはそうなります。しかし、商人たちが増えれば物資も増えます。軍の物資調達も容易になるでしょう」  龍承業は静かに計画書をめくっていく。 「なぜ楽安街なのだ?」 「地理的に三国の接点に近い位置にあり、交易の中継地点として最適です。また、既に我々が占拠している都市なので、新たな軍事行動が不要である点も利点です」  再び沈黙。龍承業は計算書を細かく見ている。彼の頭の回転の速さは驚異的だ。複雑な数字を瞬時に理解しているように見える。 「税収減を埋め合わせる方法は?」 「はい、これは三段階の計画になっています」  俺は別の紙を取り出した。 「第一段階では、商人登録料を設けます。楽安街で商売をするには、まず登録料を支払ってもらいます。第二段階では、大商人たちから投資を募ります。彼らには特別区画を用意し、優遇措置を講じます。第三段階では、街の周辺に倉庫や宿屋などを建設し、そこからの賃料収入を得ます」  龍承業は黙って聞いていたが、最後の部分で少し顔色が変わった。 「なるほど……投資か」  彼は立ち上がり、窓の方へ歩いていった。背中を向けたまま、低い声で続けた。 「だが、他国の商人を受け入れるということは、スパイも容易に入ってくるということだな」 「その対策も考えています」  俺は急いで別の書類を広げた。 「商人登録の際には厳格な身元確認を行います。また、街の入り口には検問所を設け、怪しい者は入れないようにします。そして、玲蘭様の幻術を使えば、重要な場所に侵入しようとする者を発見できるはずです」 「玲蘭を使うつもりか」  龍承業が振り返った。その表情は厳しいが、怒っているわけではなさそうだ。むしろ、興味を示しているようにも感じられる。 「はい、既に彼女には相談済みです。温修明とともに、商人の監視を手伝ってくれると言ってくれました」 「温修明?あの若い商人か」 「はい。彼の商人の目は確かなので、怪しい動きを見抜くのに適任かと」  龍承業はしばらく考え込んでいた。俺は彼の決断を待った。 「税金をどれほど下げる予定だ?」 「現在の3割にまで下げます」  龍承業の眉が上がった。 「3割?それはあまりに低すぎないか?」 「西崑国の商業地区と同等の水準です。彼らと競争するには必要な措置かと」  彼はさらに考え込む。俺は内心でヒヤヒヤしながらも、冷静を装った。 「わかった」  突然の言葉に、俺は驚いた。 「え?」 「許可する」  龍承業は言った。 「だが、条件がある」 「何でしょう?」 「お前が責任者だ。失敗したら、それなりの罰を与える」  その言葉に、俺は不安と緊張が走った。だが、彼の目には真剣さと、どこか……期待のようなものも見えた気がする。 「責任は取ります。必ず成功させますので」  龍承業はにやりと笑った。そして突然、俺の肩に手を置いた。 「期待しているぞ、軍師」  その言葉に、なぜか胸が熱くなるのを感じた。彼が初めて俺の役職を口にした瞬間だった。  ◆◆◆  楽安街商業特区計画の話が街中に広まると、意外なほど多くの商人たちが興味を示した。特に「税金がかなり安くなる」という話は、彼らを強く惹きつけたようだ。 「これまでの黒炎軍の印象からすると、信じられないほどの好条件ですね」  劉金達が感心した様子で言った。  俺たちは彼の屋敷で会議を開いていた。すでに都市の有力者たちが何人か集まっていた。 「総大将の英断です」と俺は答えた。 「黒炎軍も単なる略奪者ではなく、統治者として認められたいと考えています」 「統治者?黒炎軍が?」  ある商人が疑わしげな表情で尋ねた。 「少なくとも当面は、この楽安街を支配するのは黒炎軍です」  俺は冷静に答えた。 「あなた方も、それを前提に生きていかなければならないでしょう?だったら、お互いに利益のある関係を築いたほうがいい」 「それはそうですが……」 「考えてみてください。税金がこの水準になるということは、南辰国時代の三分の一以下です。しかも、商人登録をすれば黒炎軍の護衛がつきます。他国との交易も認められるんです」  そう言うと、商人たちの目が輝きはじめた。確かに、戦時中に三国との自由な交易ができるというのは、商人にとって大きな魅力だろう。 「では具体的に、商人登録はいつから始まるのでしょう?」  劉金達が尋ねた。 「明日から市場広場で受け付けます。最初の100人は特別枠として、市場の中央区画を優先的に使用できる権利を与えます」 「100人?それは…すぐに埋まってしまうのでは?」 「そのつもりです」  俺はニヤリと笑った。 「競争があれば、より活気づくでしょう?」  ◆◆◆  会議は大成功だった。商人たちは興奮した様子で屋敷を後にし、明日の登録に備えて準備を始めようとしていた。 「なるほど……なかなかやるじゃないか、梁易安」  劉金達が俺の背中を叩いた。 「お前が黒炎軍の軍師になったというのは本当だったんだな」 「まあ、そんなところです」 「黒龍将軍を説得したのもお前か?」 「はい」 「恐れ知らずだな……」  劉金達は感心したように首を振った。 「あの男を説得するなんて、普通の人間には無理だ」 「彼は合理的な判断ができる人です」 「そうかもしれんが……」  劉金達は言葉を濁した。 「とにかく、明日からが楽しみだ。私も登録するよ」  俺は彼に頭を下げ、屋敷を後にした。空には夕焼けが広がり始めていた。

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